公開からおよそ一月。世間の評判は、どうやら二つに分かれてるようだ。一つは「素晴らしい日本の姿を世界に紹介してくれてありがとう!」という手放しの称賛。そして「微妙にヘンな日本が出てきて、気が散るよ」というひねた批判である。 たしかにひっかかるのも当然な設定がある。「ラスト
サムライ七不思議」とでも
言おうか…。その代表格が「なぜ、サムライが英語を話すんだ?」という疑問。うなずいている人も多いだろう。そこでちょっとその理由について考えてみた。そんなところだけでこの作品の素晴らしさにケチがつくのもしゃくだからだ。
渡辺謙が演ずる勝元=ラスト サムライ。彼を描くことで、消え行く武士道の美学を世界に伝えているのがこの作品の特徴だ。では、実際に勝元のモデルとなった武将は存在するのか? 流暢に英語を話すインテリである一方で、ワイルドに鉄道を襲っちゃったりする武士が、明治の世に? その点に関して、エドワード・ズウィック監督はこう明言している。
「勝元のモデルは西郷隆盛である」。……。
日本人ならつっこみを入れたくなる発言である。しかし、ワタシはこの発言にこのような言葉を添えて援護したい。「でも監督、実は自分でもお気づきになってないところで、勝元には新渡戸稲造先生(1862〜1933)の姿を重ねたのですね」。
ニトベイナゾー。そう、五千円札の人だ。まん丸眼鏡の愛くるしい紳士こそが、実は世界に向けて最初に「武士道」を紹介した人なのだ。映画のヒットによって、ちょっとした新渡戸ブームも起きているのでご存知の人も多いだろう。(「武士道」新渡戸稲造
(著)、矢内原 忠雄 (翻訳)/岩波文庫刊)もちろん本人も生粋の武士だった(元服後すぐ明治になっちゃったけど…)。明治期にはキリスト教に入信し英語を学んだ。そんな経緯から、自らのアイデンティティである「武士道」について、欧米人のために英語で書物を記したというわけだ。
本物のサムライが英語で武士道を語った! しかも、キリスト教徒が多い欧米人がそれをどのように受けとめ、理解するかを想定できる人物である。欧米人にとってそれは分かりやすく、大いに知的好奇心を刺激されるものだったのだろう。当時の大ベストセラーとなった。当時米国で海軍の近代化・増強を推し進めていたセオドア・ルーズベルト大統領(任期:1901〜1909)も、周囲の人に良書として薦めまくっていたそうだ。やるな、イナゾー。
そして百年後。武士道を再びヒットさせる使命を負ったズウィック監督率いるハリウッドのスタッフたち。彼らがこの‘ヒットの法則’を活用しないわけがない。武士の世界をぐっと欧米人のマインドに引き寄せるためには、‘サムライ(勝元)自身が英語で語る’必要があったわけだ。
もしも、リアリティ重視で英語が話せるサムライがいなかったら…。太っちょ通訳もトム・クルーズと一緒に村に行き、いちいち通訳&解説するはめに…。想像したくもない事態である。「世界ウルルン滞在記」だって、通訳の存在を意識させないような演出だから楽しめるのだ。あるいは、「トムが初めから日本語を話す」という設定もアリかもしれない。でもそんな変化球が功を奏すのは、オタクの帝王タランティーノ監督の「キル・ビル」ぐらいなものだろう。
国際化が叫ばれ、ボーダーレス社会だなんだと言っても、サムライは自ら英語で語る…。新渡戸稲造先生の‘ヒットの法則’は有効だというわけだ。その結果、欧米の観客にも「武士道」は歓迎されたようで、好評らしい。
七不思議、一つ解決!? |