映像翻訳|海外のテレビ番組や映画の映像翻訳を仕事にするための学校です。多くの修了生、受講生がドラマ、アニメーション、ドキュメンタリー番組など多方面で活躍しています。

「第42回シカゴ国際映画祭」現地リポート〜当校初の試みとなった、「海外映画祭 公式協賛事業」の報告です〜

Text by Aiko Shiochi (翻訳センター)

■当校が協賛する「アニメフォーカス」、ついに開幕!

 今回の訪米では、「日本アニメ・漫画に対する関心の高さ」を再認識させられました。テレビをつければ、「NARUTO」や「ポケモン」の登場人物たちが、流暢な英語を話していたり、書店に足を運べば漫画本の棚が広く設けられて…。日本で話題の「デス・ノート」も、すでに英訳されていました。学校などでも、日本の文化を知るためにアニメを教材に使っていると聞きました。
 そんな熱いまなざしを浴びるジャパニメ(ジャパニーズアニメーション)を無視できないと、今年から「アニメフォーカス」部門が設立されたのです。

●「アニメフォーカス」の誕生
アニメフォーカスは、質の高いアニメーションを通じて日本文化を知ってほしいという願いから誕生した新部門。シカゴ日米協会を中心に、現地で活動するビジネスパーソンらからなる有志の尽力によって実現しました。
記念すべき第一回の上映作品に選ばれたのが、米国初公開となる機動戦士Z(ゼータ)ガンダム劇場公開三部作、「星を継ぐ者」(2005年)「恋人たち」(2005年)「星の鼓動は愛」(2006年)。現地を訪れた富野由悠季監督には、「シカゴ国際映画祭アニメーション特別功労賞」が贈られました。
ガンダムといえば、その人気は社会現象化し、大人から子どもまで幅広いファンをもつアニメ。“夢中だった子供たちが大人になっても夢中”といったほうが正しいでしょうか。作品の質はもちろん、巨大なキャラクター市場を築いた超ロングラン・コンテンツとしても、世界のアニメ史にさん然と輝く作品です。
と言っても、果たしてアメリカでガンダムが、シリーズの中でも特に異色作で難解と言われる「Zガンダム」が理解されるのだろうか?という心配も…。
しかし、蓋を開ければなんと、アメリカのガンダム・ファンたちのエネルギーに、圧倒される結果となったのです。

●カリスマ・クリエーター、富野由悠季監督参上!
10月6日、シカゴのダウンタウンの書店で行われた富野監督のサイン会には、多くのファンがつめかけました。作品の登場人物、アムロ・レイのコスプレでキメた男の子や、手作りのハロ(マスコット・ロボット)を抱えている女の子などもいて、まるで日本のどこかにいるような、不思議な感覚に襲われました。
多くのアニメファンにとって、ガンダムの生みの親である富野監督は、神様のような存在。そんな監督に会えたうれしさと緊張のあまり、震え出すファンもいます。素晴らしい作品を認めるファンの想いに国境はないのだと、つくづく感じました。

●日米のヒーロー像を語る
  夕方からはパネル・ディスカッションが行われました。富野監督と共に会場に移動。密度の濃いスケジュールです。
ここで、「日本のヒーローとアメリカのヒーローの違いは何か?」というテーマが議題にあがりました。なんとも大きく深いテーマです。
例えば、日本では昔から人気の高いジャンルに「スポーツ根性もの」、いわゆるスポコンがあります。これについて富野監督は、「欧米では現実世界に重ねて“敵”や“悪人”を設定しやすい。だから、ヒーローという存在も分かりやすい。一方、日本にはそうした環境が無いとは言わないが、欧米ほどではない安全な国。だからスポコンのように、ヒーローは正義の味方になるというよりも、弱い自分自身身の心をたたいて磨き上げていくことに注力するのだろう」と解説。
なるほど、です。

●自分の作品への厳しさと愛情
  また、富野監督に対して「ガンダムのテーマをひとことで言うと何か?」という質問が飛び出しました。それに対して富野監督は間髪を入れずこう返したのです。

「テーマを一言でなんて言えたら、作品を作る意味なんてあるか!」

シェイクスピアの作品のテーマを、誰も一言で言えないだろう、と。確かに、あのガンダム・シリーズ全体の世界観をよく知っている人にとっては、さすがに「一言で」は愚問ということになりそうです。
 
富野監督はこれまでも歯に衣着せぬ発言で注目を集めてきた人物。私が数日間をご一緒させていただく中でも数々の名言を発し、周囲の人々をハラハラさせたり、感動させたりしていました。
「自分の作品の中で、誇りに思う作品は?」と尋ねられた時は、
「そんなものはない。誇りに思う作品ができたら、それがそのクリエーターにとって最後の作品になる」
その一方で、「自身の作品のなかで、ひそかに気に入ってるキャラクターってあったりしますか?」と、私がサイン(富野さん直筆の「ハロ」イラストつき!学校のロビーに展示しているのでご覧ください)をいただきながら恐る恐るお伺いしたところ、こんな答えが返ってきました。
「どのキャラクターも大好きなんだよね」
公の場ではいろいろおっしゃっても、作品への愛情は誰よりも深いんだなと想いました。

●独自性か? 制約か?
「これから作りたい作品は?」
映画祭開催中、富野さんが最も尋ねられた質問です。
しかし答えはいつも、「ありません」――。
富野監督曰く、自分は生粋のテレビ屋。製作の依頼があったら初めて考え始める、というのです。そんなところに、プロとしての確固たるプライドを見せ付けられた気がしました。
 プロとして依頼された仕事に向かう時、自分のやりたいようにやれるとは限りません。依頼主の要求というものがあるわけですから、例え富野監督のような著名なクリエーターであっても、好きなものをすきなように創るというわけにはいかないのです。

「しかし、そうした制約があったおかげで成功した部分もある」と監督は言います。「(私たちクリエーターは)100万人の声を聞くべきだ」とも。個性、個性と声高に叫ばれる今も、プロには常に“大衆”が何を求めているのかを的確に汲み取る力が必要なのだという教えです。
 創りたいものと求められているものとを配分する絶妙なバランス感覚。映像翻訳者にとっても重要な資質だと思いました。

●少女漫画、アニメ、日本人のロマンス
パネルディスカッションの中で、私にとって印象深かったのは、富野監督が少女漫画について言及したくだりです。少女漫画は「Shojo manga」と言えば米国でも通用するほど浸透しています。そんな少女漫画を生み出した日本文化の素地といったものに、参加者が関心を寄せたのです。
富野監督曰く、「日本は紫式部という世界の歴史上最初の女流作家を生み出した国。彼女の描いたのは、ロマンスの世界だ。日本には紫式部の時代から既に少女漫画が主要なテーマとするロマンスの魅力を受け入れる素地があったのだと思う。そしてロマンスには、姿かたちのリアリティなど、あまり重要ではない」。
なんとも壮大なスケールでの発言。確かに、アニメの世界でも、登場人物の多くは髪の色や顔立ちも様々で、現実離れした感があります。姿かたちを超越したところにあるロマンスを愛でる心が、日本人には脈々と受け継がれていたということに気づかせてくれた富野監督の言葉に、私は心を打たれました。


ディスカッションを締めくくったのは、やはり富野監督の言葉でした。
「100年後にも通用する作品を、これからも創りたい」
それに対して、会場の拍手はいつまでも鳴り止みませんでした。


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