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■第11回 「世界バレー」観戦記(その1) |
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■ 4年に一度の真の世界一決定戦
▲バレー三昧の夢のような1ヶ月!
10月31日、女子大会を皮切りに12月3日の男子大会決勝戦をもって終了した「世界バレー」。各大陸の予選を勝ち抜いた24カ国のチームが、4つのグループに分かれグループ毎に総当り戦を行い、バレーの頂点を目指すという大規模な大会だった。
民放テレビでゴールデンタイムに試合が放送されたためか、ふだんはバレー観戦とは縁のない友人たちから「試合をテレビで見たよ!」「(私が)会場で応援してるんじゃないかと思ってテレビ画面で姿を探したよ!」「男子強くなったね!」などと言われ、うれしいことこの上なかった。
あくまでも日本男子チームのサポーターである私は、女子大会を軽く流す程度にテレビ観戦。しかし、男子大会が始まるとすっかり気持ちは本気モード。
全日本男子チームの第一次ラウンド予選の初戦は11月17日だった。この日は生での観戦を逃しテレビにかじりついていたが、その後の第2戦、第3戦の試合は埼玉までライブ観戦に出かけることができた。
▲歴史的死闘とも言われたプエルトリコ戦
11月19日(日)、「さいたまスーパーアリーナ」。会場を埋め尽くした観客数は1万9千人を越えた。観客数は日本バレー史上最高の動員数を記録したという。「ゴー、ゴー、ニッポン!」の応援コールは嵐のように会場内に鳴り響いていた。
「世界バレー」男子大会第3戦はプエルトリコとの戦いだった。まず、日本チームは第1、第2セットと順調に取る。しかしそのリズムが第3セットで崩れる。プエルトリコの勢いがよくなり、その流れが第4セットにも持ち込まれた。
第4セットの点の取り合いはすさまじかった。私は気が動転し、まるでフルセットの末第5セットに入ったかのような感覚に襲われるほどだった。
そして日本はなんと36−34という点数まで争い、競り勝つ。私の目には涙がどっとあふれ、視界がぼやけた。
植田辰哉監督が喜びのあまりコート上で仰向けになってガッツポーズを取ったのは、この試合の勝利の瞬間だった。
▲植田監督の忘れえぬ言葉
「…結果は俺は求めてないよ。シャットアウトされてもかまわないよ!相手のエースを叩き潰しに行け!…それがお前だよ!」
この試合のタイムアウト中、植田監督がスーパーエース山本隆弘選手を真正面からみすえ、静かに厳しくぶつけた言葉だ。
監督が山本選手ひとりを呼び、叱咤激励するその様子をカメラはとらえていた。その後このシーンの録画は幾度となく他の試合中継や特集番組で目にすることになる。
ドラマのように印象的なシーンだった。この監督の言葉を受けたあと、プエルトリコ戦の最終セット、山本選手は思い切りのいいプレイを見せ、それが勝利につながった。
▲もうガラスのエースとは誰にも言わせない!蘇ったスーパーエース
プエルトリコ戦の試合後コート上でのインタビューで、山本選手は明るくこう言い放った。
「(第5セットの最後の一打は)みんなの気持ちが込められていて、気持ちを込めて打ちました!」
清清しい笑顔だった。思えば2004年5月、アテネ五輪最終予選の中国戦でフルセットの末山本選手の最後の一打が決まらずに日本は惜敗した。試合後、コートのベンチでひとり、タオルで頭を覆い、泣いていた山本選手。私はベンチ側から彼の後ろ姿を目にしたが、あまりにも痛々しく、もらい泣きしてしまったのを今でも覚えている。
何十年に一人の逸材といわれてきたものの、精神的な弱さを指摘され、全日本男子がアテネ五輪に行けなかった責任をひとり背負いこむ形となった。その後、山本選手は全日本への召集を辞退してきた。
しかし、二年の時を経てようやく全日本メンバーに復帰。今大会を通じての活躍ぶりには目を見張った。山本選手の鮮やかな復活は、日本のバレーの復活につながるものだと私は確信している。
▲第1次ラウンド突破までの道 − 競り合いの連続の中で得た勝利
日本の第1次ラウンドの5試合は埼玉で行なわれた。対戦国は順にエジプト、中国、プエルトリコ、アルゼンチン、ポーランド。
日本はエジプト、中国とはフルセットで戦いプエルトリコとは競り合うなど、いずれも苦しい戦いの連続だった。
日本がめでたく第2次ラウンド進出を決めたのは先述のプエルトリコ戦の二日後に行なわれたアルゼンチン(世界ランキング7位、アテネ五輪5位)との試合。
この試合でも各セット、競り合いが続く。
日本 アルゼンチン
第1セット 25 − 16
第2セット 22 − 25
第3セット 27 − 25
第4セット 27 − 25
結果的には3−1で日本の勝利だったとはいえ、実況アナウンサーが「超攻撃的布陣」と呼ぶほどに全日本のアタッカーたちが相手チームを圧倒した第1セット以外は、最後の瞬間まで苦しい戦いだった。
一方で、ファンを魅せてくれた試合でもあった。スタメンのアタッカー陣は山本選手、石島雄介選手、越川優選手。それぞれがサーブ、アタック、ブロックで大活躍する中、チームが困ったときには大黒柱の山本選手が常に決めていった。
サーブレシーブが悪くなると、荻野正二選手や千葉進也選手などレセプションがよい選手が入り守備を固めた。セッターのトスが乱れるとセッターの朝長孝介選手と阿部裕太選手が交代で入った。
選手たちのその場での期待に応える活躍ぶりはもちろんだが、植田監督の采配が光る試合でもあった。
アルゼンチン戦での第3セット。アルゼンチンが16点を取りテクニカルタイムアウトに入った時、日本は14点で2点のビハインドだった。このタイムアウトで、植田監督が選手たちにこう声をかけた。
「相手だって苦しいんだ。しっかりがんばれ!」
「自信もって!練習やってきたんだから!」
とてもシンプルな言葉だった。しかし、そう声がけする監督のまなざしは温かく、監督の選手たちへの深い愛情が感じられた。
そのタイムアウト明けから、日本の反撃が始まる。14−16から18−17へと日本は逆転。競り合いの末、結局日本が27−25でセットを奪った。続く第4セットも競り合いで勝ち取り、この試合の勝利とともに日本の第1次ラウンド通過が決まった。
次回は、第2次ラウンドでも華々しい戦いぶりを見せてくれた全日本の様子をご報告したい。
●バレーボールの豆知識(6)
タイムアウト
▲テクニカルタイムアウト、チャージドタイムアウト
今回のコラムでもタイムアウトでの監督の言葉が勝敗を分ける重要なポイントとなることをご紹介したが、タイムアウトでは、選手間での確認、監督やコーチからのアドバイスなど、短時間だが大事なやりとりが行われている。
タイムアウトには作戦タイムとして意図的に取るものと点数によって自動的に入るテクニカルタイムアウトとがある。
テクニカルタイムアウトとは、第1セットから第4セットまでの間は、リードしているチームが8点に達した時と16点に達した時に自動的に取られるもので、時間はそれぞれ60秒。
そのほかにチームが取ることができるタイムアウトは1セットに2回までで1回あたり時間は30秒。これはチャージドタイムアウトとも呼ばれている。
フルセットになり第5セットまでプレイすることになった場合テクニカルタイムアウトはなく、それぞれ30秒の作戦タイムを2回取ることができる。
▲試合の流れを一変させる効果あり
相手チームにサービスエースが連発した時、劣勢になったチームの監督はすばやくタイムアウトを取る場面をよく見かける。バレーボールはリズムが命ともいえるスポーツであるだけに、波に乗ってきたところを崩すという効果もタイムアウトにはあるのだ。
タイムアウトの取り方ひとつで勝敗が決まることがあるといっても過言ではない。 |
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