■激戦のファイナルラウンド、ついに終了
▲古豪サントリーが3シーズンぶり7回目の優勝を飾る
昨シーズン、レギュラーラウンドをトップで走りながら決勝戦で堺ブレイザーズに破れ、苦杯を嘗めたサントリーサンバーズ。
サントリーといえば、1999年(第5回Vリーグ)から2003年(第10回Vリーグ)まで5年連続で優勝を果たし、当時はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いがあったことが思い出される。その5連覇の原動力が、卓越したチーム力にあることはいうまでもないが、ブラジルからの助っ人外人選手、ジルソン・ベルナルド選手の功績も大きい。
ジルソン、の呼び名で親しまれたベルナルド選手は、第5回から第10回Vリーグまで5年連続してMVPに輝いた。まさにスーパーエースの呼び名にふさわしい偉大な選手である。サントリーの越川優選手もベルナルド選手を大変尊敬していたと聞く。しかし、ベルナルド選手が不在となったサントリーは第11回Vリーグでは5位に落ちた。そして昨シーズン、再び息を吹き返した。
今シーズンのサントリーはかつての力強さを取り戻したかのごとく、レギュラーラウンドを首位で通過し、2位通過の東レアローズと決勝戦で対決することになった。
結果は、3-1でサントリーが勝利し、3年ぶりの王座奪還を成し遂げた。
この試合の実況解説者だった植田辰哉・全日本男子監督曰く、「(勝因は)みんなの気持ちが1つになったこと。総合力の勝利」。
確かにサントリーのチームワークには目を見張るものがある。20代前半の若手から30代半ば過ぎのベテランまで、選手一人ひとりが自分の仕事を着実に、それも高いレベルでこなし、それが結果的に勝利に結びついていた。
さすが、昨年の世界バレーで活躍した荻野正二選手や越川選手、山村宏太選手、津曲勝利選手を擁するチームだ。
勝利後、コート上のインタビューで越川選手は歓喜の涙を流し続けていた。今シーズンのMVPに選ばれたことを知っても、「みんなのおかげです!」といつものようにあくまで謙虚であった。強い向上心を持つ初々しい22歳。彼がオリンピックの舞台に立つ姿を、早く見たい。
▲応援するチームが3位入賞を果たすが…
今回のファイナルラウンドは午前中に3・4位決定戦、お昼をはさんで「40周年記念式典」があり、そのあとに決勝戦というスケジュールだ。試合終了後にはグランドフィナーレを飾るセレモニーが催された。
私が応援するチーム、パナソニックパンサーズは今回レギュラーラウンドを3位で通過。3・4位決定戦で、初の四強入りを果たした豊田合成トレフェルサと対戦した。
試合の結果は3-1でパナソニックが勝ち、3位を確保。しかし、どちらのチームにもプレイに集中力があまり感じられない試合だった。私は応援席から力の限り応援したものの、最後の試合で勝ててよかったという安堵感こそあれ、うれしいという気持ちがなぜかわいてこなかった。
この思いは、なんだろうか…その答えを、まもなく知ることになる。
■一流のアスリートには、「優勝」しか意味がない
▲優勝チームとそれ以下の温度差
午後の決勝戦、激しい戦いの末に、サントリーの勝利が決定した直後のコート上。
歓喜しお互いの肩をたたき合い、あるいは抱き合うサントリーの選手たち。その一方、ネットをはさんでは、意気消沈した面持ちで立ち尽くす東レの選手たち…。
それとほぼ同時に、同体育館の観客席の中に特設されたステージでは、早くも4位のチーム、3位のチームが表彰のために呼ばれ、選手たちはメダルを受け取り始めている…。
その両方の風景を、私はエンドコートの片隅から見つめていた。
表彰が終わると、4位の豊田合成、3位のパナソニック、2位の東レ、最後は1位のサントリー、と少し時間を空けて、各チームの選手たちが一列になり、会場の1階席と2階席の間の通路をぐるりとめぐるように歩いた。
私はエンドコートの自由席に移っていたために、ちょうど選手たちが歩く通路の手前に陣取っていた。試合を観戦しやすいからと選んだ場所だったものの、我ながら絶妙のポジショニングだったと思う。
目と鼻の先を選手が通り過ぎていく。その時、肌で感じたことがある。
2位から4位までのチームに共通していたもの。それは悲痛な表情だった。下を、あるいはあらぬ方を見つめ、笑顔はもちろんない。口惜しさを露わにしている選手もいた。憂鬱そうな様子の選手もいた。声などかけられる雰囲気ではもちろんなかった。そんな様子を目のあたりにするのは、ファンとしては正直かなりショックだ。
しかし、ようやく私にもわかった。
彼らにとっては、優勝しなければ何の意味もないんだ、と。
▲過酷な練習の日々も、すべては勝利で報われる!
Vリーグで活躍する選手たちのほとんどが、中学・高校・大学時代に主要な大会で優勝を経験し、キャプテンを務め、あるいはエースとして華々しい活躍をしてきたアスリートである。そんな彼らが2番手や3番手で満足するわけがないのだ。
3・4位決定戦とはいえ、好きなパナソニックの試合が観られるというだけで私は楽しみで仕方がなかった。そして望む通りに彼らは勝った。しかし、その試合を観たあとに何か割り切れない思いが残っていた。それはおそらく優勝を逃した選手たちと、ファンとしての自分の思いとの間に隠れていた“温度差”だったのかもしれない。
最後に、私の目の前を優勝チーム、サントリーの選手たちが通った。誰もがキラキラと輝いて見えた。選手たち全員が、通路のそばにいた観客に勢いよくハイタッチをして大きな声を出し笑顔で歩いていく。なんとも明るいその勢いにつられて、私も思わず主力メンバーの一人である山村選手とハイタッチしてしまった。
サントリー優勝の立役者の一人、荻野選手が通路を歩いてきた。そこにサントリーOBで元・全日本のセンタープレイヤー佐々木太一氏がやって来て、二人はしっかりと抱き合う。名選手ふたりの感動的なツーショットだ。その距離、私の目の前30センチほどのところ。思わず息をのみ、目が釘づけになった。
ふだんはこわもての荻野選手が、子どものようにはしゃぎ、喜び、涙ぐんでいた。見ているこちらにもじーんとくるものがあった。
「優勝するって、いいなあ…」しみじみと、そう感じた。
▲植田全日本監督曰く、「勝たなきゃ楽しめない」
ファイナルラウンドの試合の模様は、家でビデオ録画していた。テレビ解説の植田・全日本監督は試合が終わったあと、次のように話している。 「結果を残していかなければ…。野球の全日本の星野仙一監督の言葉ですが、楽しむといっても勝たなきゃ楽しめない。楽しみ方をまちがえないように、我々全日本もやっていかなければなりません」
この言葉を聞き、バレーボールを愛するファンとして、私自身も勝つことへのこだわりをもっともっと強く持たなければ、持ちたいと思った。
そうでないと、真摯に戦う選手たちに失礼である、と今は感じる。
バレーボールは観ていて本当に楽しいスポーツだ。
けれど、楽しむだけでは終わらせたくない。選手と共に勝利に強くこだわるという思いがあってこそ、ファンとしての喜びもいっそう大きなものとなるはずだから。
■40周年記念式典
▲往年の名選手が続々登場
第1試合(3,4位決定戦)と第2試合(首位決定戦)の合間に催された記念式典にも一言ふれておきたい。
1967年に日本リーグとして発足したリーグの40回目にあたる今年を記念して創設されたのが「Vリーグ特別表彰制度」。その最初の表彰式である。
過去にMVP・敢闘賞の受賞回数が5回以上、個人賞受賞が10回以上、Vリーグの出場回数が230回以上の元選手や現役選手らが「Vリーグ栄誉賞」に選ばれた。コート上の表彰式に現われた往年の名選手たち。いずれも背筋がぴんと伸び、スーツが似合う、颯爽とした紳士たちだった。
その中には植田辰哉氏(全日本男子監督)、中垣内祐一氏(堺ブレイザーズ監督)、青山繁氏(富士フィルム/東レ)、平野信孝選手(JTサンダーズで現役で活躍中)といった、私にとっては馴染み深い顔も見られた。
サントリーサンバーズの荻野選手は「Vリーグ出場回数259回」というトップの記録で受賞。しかし、表彰式直後の決勝戦に出場するため、式には参加しなかった。
「Vリーグ日本記録賞」は、各部門で最高記録を保持している選手に贈られる賞だ。スパイク賞は佐々木太一氏、サーブレシーブ賞は古田博幸氏(大分三好ヴァイセアドラー・コーチ)が受賞。ただ一人現役選手として受賞したのはパナソニックパンサーズの山本隆弘選手。それも最多得点賞とサーブ賞のダブル受賞である。あらためて、山本選手が今日の全日本チームの大黒柱と呼ばれる所以を実感できた瞬間だった。
次回のコラムでは、2007年の夏に開催される国際大会「ワールドリーグ」に選抜された全日本男子メンバーの横顔を紹介したい。
●バレーボールの豆知識(10)
ラリーとボール・インアウト、ボール・アウト
サーブから始まり、どちらかのチームが1ポイントを獲得するまでの攻防を1つの「ラリー」を呼ぶ。実況中継などで「いいラリーが続いていますね」という時は、両チームがボールを落とさずに打ち合いを続けている時だ。
ポイントが決まる瞬間の「イン」や「アウト」は、正式には「ボール・イン」、「ボール・アウト」という。
ボールがコート上に落ちた時に、床に触れた部分が完全にサイドラインあるいはエンドラインの外側であれば「アウト」。ラインに触れている場合でも「イン」となる。 |
|
|