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PLAY HARD 蘇れ!日本男子バレー 〜北京への道〜
執筆名:山岡 恵

■ 第19回 ワールドカップ2007に向けて


■北京への道を切り開く期待を担う、若きエースたち
全日本男子チームは、いまや23歳の若きエースの2人に支えられていると言ってもいい。

越川優選手( 1984年6月30日石川県金沢市生まれ) と石島雄介選手( 1984年1月9日埼玉県松伏町生まれ) ――彼らは日本チームにとってなくてはならない存在だ。同い歳とはいえ、高校卒業後の二人は、それぞれに違う道を歩んできた。しかし今は同じ目的に向かってひた走っている。来年の北京五輪出場権の獲得だ。

性格も、エースとしての役割も好対照の2人のエース。11月に日本で開催されるワールドカップでは、彼ら2人を中心とした日本チームの攻撃に注目してほしい。

▲越川選手から年賀状が届いた !

昨年、秋の世界バレーに出場した日本チームの選手全員に、私は年賀状を出した。
それは、このコラムの宣伝もかねた、選手たちへの応援メッセージだったが、私としては選手の目に止まれば満足、という軽い気持ちで出したものだ。

今年の2月の初めのこと。風邪で寝込んでいた私の枕元で、「コシカワって人から年賀状が来てるけど」と家族のささやきが。この一言で、私の風邪は吹っ飛んだ。

日本映像翻訳アカデミー|越川選手から届いた年賀状
▲越川選手から
届いた年賀状

年賀状は印刷されたものだったが、裏面の宛名書きは明らかに本人の手書き。一人ひとりのファンに宛てて、いったいどれだけの数の年賀状の宛名書きをしたのだろうか。年賀状への返信は越川選手だけだった。そのプロ魂にふれて、うれしくて仕方なかった。

越川選手は昨年の夏にサントリーとプロ契約後に同社を退社。所属チームの寮を出て1人暮らしをしている。ファンレターはサントリーの寮宛てに出せば届く。また、彼の公式サイトhttp://yu-koshikawa.net にはファン専用の伝言板もある。

越川選手がバレーボールを始めたのは小学校4年生の時だという。出身は石川県金沢市だが、高校は親元を離れ、長野県のバレーの名門校、岡谷工業高校に越境入学した。そこで彼は、日本男子バレー史上初となる現役高校生の全日本代表入りを果たす。卒業後は大学進学が内定していたが、サントリーに入社し、実業団でバレーを続ける道を選んだ。

越川選手の存在を私が知ったのは、2003年秋のワールドカップ終了後に、初めて直接観戦したVリーグだった。当時19歳だった越川選手は、ルーキーでありながらシーズンを通してレギュラー出場し、この年、サントリーは史上初の五連覇を果たす。越川選手は当然のごとくこのシーズンの新人賞を獲得した。

当時からサーブの威力には他の追随を許さないものがあり、私が応援しているチーム相手に彼がサーブを打つ時は、いつもヒヤヒヤしたものだ。

身長190cm、体重87kg。バレーボール選手としてはそれほど大きいとはいえない。しかし、彼が放つサーブもスパイクも、スピードが早く強烈で、会場では肉眼で追えないほどだ。動体視力に優れているはずのバレーボール選手が、彼のサーブを受けて氷ついたように動けなくなる姿を何度も目撃した。クロスに打つと見せかけてストレートのアタック。芸術的ともいえるラインぎりぎりの切れのよいスパイクは、ため息ものだ。バックアタックのフォームは惚れ惚れするほど美しい。

今年9月にインドネシア・ジャカルタで開催されたアジア男子選手権大会では、日本は惜しくも2位に終わったが、越川選手は前回に引き続き、「ベストサーバー賞」に選ばれた。その大会の日本チームの全試合をテレビで観た。各試合でサービスエースをものにする越川選手。韓国との試合では、なんと1セットで3連続サービスエースをやってのけた。

試合中の納得できないジャッジに熱く抗議する一面もあるが、一歩コートを離れると礼儀正しく、真面目な印象が強い。「相当な負けず嫌い」と本人は自認しているそうだが、私の世代から見れば、それも含めて「キュートさが漂う青年」といった感じである。

▲容姿はワイルド、でもプレーは繊細なゴッツ石島選手

試合中に雄たけびをあげる姿が印象的な石島 雄介選手。ファンの間では「ゴッツ」の愛称でおなじみだ。ユニフォームの背中にも「GOTTSU」の文字が躍っている。

石島選手がバレーボールを始めたきっかけが面白い。中学にやりたかった剣道部がなかったからだそうだ。実は、植田辰哉・全日本監督も同じ動機で中学からバレーを始めている。これは偶然だろうか。

日本映像翻訳アカデミー|石島選手
▲石島選手

その後、埼玉県の名門、深谷高校を経て筑波大学に進学。大学4年生の冬にVリーグの堺ブレイザーズの内定選手としてデビューし、チームを優勝に導いた末に、その年の新人賞を受賞した。Vリーグのスター選手となり、私が初めて彼を目にした時のことは、コラムの第7回で紹介している。

他のアタッカーとは異なり、上体を前後に振らないアタックフォームが印象的だ。背筋が相当強いのだろう。高い位置から腕を振り下ろし、相手コートに叩きこむボールの破壊力はずば抜けている。相手チームの選手が吹き飛ばされることも珍しくない。

身長197cm、体重100 kg、どんなスポーツでも活躍できそうな恵まれた体格。だが、この数字は一世代上の名プレーヤー、荻野正二選手( 196cm、98kg) と重なる。似通っている。ちなみに誕生日も1日違いだ。

石島選手は大学3年生までセンタープレイヤーであったこともあり、ブロックにも定評がある。実際、大きな身体でありながら横への動きがすばやく、機動力の高さを感じさせる。同じチームのセンタープレイヤーより多くのブロックを決める試合もあるほどだ。ブロック、スパイク、レシーブにサーブと、文字通りオールラウンドに活躍できる貴重な選手だ。

今年、ブラジルチームへのレンタル移籍から戻ったゴッツの変貌ぶりに、私は驚いた。この夏のワールドリーグでは「なんだか一皮むけたというか、ずいぶんと大人びたなあ」と感じたのだ。ブラジルリーグでの武者修行、そして全日本を背負う責任感が彼を成長させているようだ。レフトアタッカーだがライトからの攻撃( スーパーエースが担う役割 ) の練習も積んでいる。将来は荻野選手のように、キャプテンとして全日本チームを引っ張る存在になるだろう。

がっしりとした体格、あまり笑顔を見せないことからプレーも荒っぽいかと思えば、実は繊細で器用。フェイントも巧みな技巧派プレーヤーでもある。笑顔を見せないといっても、試合後のインタビューなどでは、時折ニヤリと笑う。そんなひょうきんさと、一生懸命に言葉を選んで話す真面目さを見ると、誰もがきっと「かわいい選手だなぁ」と思うに違いない。

▲2人の力で日本バレー史に新たな歴史を刻め !
越川選手と石島選手。全日本男子チームにとって、なくてはならない2人。コート上での2人の間(ま)は絶妙だ。越川選手のはつらつとしたプレーを支えているのは、石島選手の手堅いレセプションである。越川選手の調子が出ないときに試合の流れを変えるのも、石島選手の対角からの攻撃だ。

彼らが日本の主軸として活躍を続け、やがてベテランと呼ばれるまでの間に、日本は3回くらい五輪を経験できるのではないか。そんな大きな期待を胸に、彼らを見守り続けたいと思う。
 

●バレーボールの豆知識 ( 13 )

スーパーエースとエース対角

ライトアタッカー、別名「スーパーエース」は、アタックに専念することを求められ、ここぞという時に決める力が必要となる。現在全日本男子チームで活躍している山本隆弘選手がスーパーエースとして知られている。
一方、レフトアタッカーである越川選手と石島選手は、「エース対角」と呼ばれる。彼らはいわゆるエースで、アウトサイドヒッターとも呼ばれる。エース対角は1チームに2人存在し、前衛と後衛とに位置して攻撃と守備を行なう。スパイク力に加えて、サーブカットなどスーパーエースやセンタープレイヤーが攻撃に専念できるような機動力が必要なポジションだ。