銀幕の彼方に

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2007年10月 アーカイブ

第5回 『ウエスト・サイド物語』(1961年) 

Text by 村岡宏一(Koichi Muraoka)

映像翻訳本科「基礎コース・Ⅱ」に籍を置く受講生。北海道・札幌市から毎週土曜日"飛行機通学"中。当年とって53歳。映画、特に人生に大きな影響を与えてくれた、60年代終盤から70年代にかけての「アメリカン・ニューシネマ」をこよなく愛す。



【作品解説】 アカデミー賞10部門受賞。ミュージカル映画の金字塔であることはもちろん、その後のあらゆるジャンルのハリウッド映画に多大なる影響を与えている作品です。
二人の主人公が織りなすせつないラブストーリー、レナード・バーンスタインの音楽、そしてダイナミックなダンス。それらが一つとなって、映画史に残るクライマックスに向かって一気に突き進んでいきます。

今回はこの作品にまつわる極めて私的な体験談です。最後までお読みいただければ幸いです。



「ウエスト・サイド物語」―吹雪の夜、 ジョージ・チャキリスは「深川東映」の銀幕で舞った


1971年冬―。
私は昭和28年(1953年)北海道の深川市に生まれ、高校卒業までの18年間をここで過ごした。
市の繁華街には3つの映画館「東映」、「劇場」、「座」があった。正しくは「深川」の文字がそれぞれの頭に付くのだが、誰もが愛着をもってそう呼んでいたのだ。

「座」にAが行ったらしい、クラスの片隅が何となくざわついている。
「座に行ったんかい?」
「何見たんよ?教えれ?」
「女子に言うべ」

私が通った北海道立深川西高校は男女共学である。女子の冷ややかな視線がそれとなくAに降り注ぐ。
「違う、違うって!見たのは"男はつらいよ"だ!」

「座」は松竹系とピンク映画を週替わりで上映しており、「劇場」は大映・東宝・日活の作品と洋画、「東映」は文字通り東映の作品と洋画を上映していた。

上映の日程は、街の"裸の社交場"だった「日の出湯」で確認する。
3館とも2本立て興行である。上映中の作品と次回予定の作品を合わせた計12枚のポスターが、脱衣場の広い壁一面を埋め尽くしていた。待ち焦がれていた作品を見つけたときは、心の内で快哉を叫んだものだ。

積雪が2メートルを超えた厳寒のある日、そのポスターは張り出された。
「ウエスト・サイド物語」

ビデオもDVDもない時代である。すでにその時、日本初公開から10年が過ぎていた。だが、映画の魅力にとりつかれてからの私には、今回が文字通り"ロードショー"であった。主演女優のナタリー・ウッドは、私のお気に入りの一人だった。

胸が高鳴る理由がもう一つあった。中学時代に所属していたブラスバンド部で「ウエスト・サイド物語メドレー」を演奏し、その旋律が心に残っていたのだ。

その日は夕方に家を出た。凍(シバ)れは緩み空は鉛色である。映画が終わるのは8時頃だろう。(吹雪が来るな)と思いつつ、足早に「東映」に向かった。

もぎりから半券をもらい重い扉を開ける。白熱灯の中途半端な明るさが場内をぼんやり照らしていた。

鼻腔に入り込むのは映画館特有の臭いだ。
10人ほどの観客が、上映前の時間を過ごしている。タバコを吸っている者もいた。当時は上映中にもタバコを吸う人がいて、ゆっくり立ち昇る煙の影が、スクリーンに映し出されたりする光景もめずらしくはなかったのだ。

時間がきた。照明がゆっくりと落ち始める。
スクリーンのカーテンが、街の片すみの映画館には不釣合いと思えるほどうやうやしく、左右に開く。本編が始まった――。

――エンドロール、そして終演。私はしばらく席を立てなかった。

「東映」の古いドアを手前に引き外に出ると、予想通り猛烈な吹雪だ。
コートのフードをかぶる。顔に吹き付ける雪を避けるために、頭は自然とうなだれてしまう。それでも吹雪は容赦なく顔を叩きつけ、顔全体が冷えこわばってくる。

私は、1つ1つのシーンをゆっくりと頭の中で反芻することに集中していた。

ニューヨークの街並、ダウンタウンの不良たち、ジェット団とシャーク団の群舞。シャーク団のリーダーを演じるジョージ・チャキリスのダンスには心が震えた。お目当てのN・ウッドは想像していたよりずっとチャーミングだった。

主役の恋人たち、リチャード・ベイマーとナタリー・ウッドも素晴らしかったが、私にはG・チャキリスとその恋人、リタ・モレノの方が一枚上に見えた。それもそのはず、後でわかったが、2人はしっかりアカデミー賞助演賞を獲得していた。

音楽を手掛けたのは近代クラッシックの巨匠、レナード・バーンスタイン。「アイ・フィール・プリティー」、「アメリカ」、「クール」、「サムホエア」、「マリア」...。ブロードウエイとハリウッド映画史に今も残る名曲の数々。
ジャズあり、ラテンあり、どれも印象に残ったが、私の心の深いところにまとわりついて離れないのが「トゥナイト」だ。

登場人物たちは、それぞれの今宵(トゥナイト)への思いを5つの旋律で歌い上げる。主旋律はR・ベイマーとN・ウッド、恋人であるG・チャキリスを待つR・モレノは、全く異なる旋律を歌う。決闘の場に向かうジェット団とシャーク団が、さらに異なる旋律を重ねていく。

それぞれの登りつめた思いが、最後のフレーズ"トゥナイト!"に力強く集約された。

――雪は止む気配すら見せない。つま先が冷え切って感覚がなくなっている。
顔を上げると深川バスターミナルが見えてきた。
(あと少しで家だ...)
「トゥナイト」を小さく口ずさみながら、私はいつのまにか駆け出していた。


参考資料:DVD『ウエスト・サイド物語』
DVD『ザッツ・エンターテインメント』
DVD『ザッツ・エンターテインメントPartII』

※「深川東映」「深川劇場」「深川座」の3館は、すでに取り壊されており、当時を偲ぶ痕跡は全く残っていない。