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へこんで、落ち込んで、何が悪い?

嫌なことや自分の力ではままならないことに遭遇したら、へこんで、落ち込んでいればいいじゃないか――向上心に溢れた受講生や、新たな仕事に臨もうと腕まくりをしている修了生の中からは、「そんなマイナス志向のアドバイスは聞きたくない!」という声が聞こえてきそうです。でも、ちょっとだけ私の体験談を聞いて下さい。

私は、はっきり言って1年中、天下を取ったような満足感、優越感と、北の果てに1人で旅に出ようかと真剣に悩んでしまうほどの劣等感、自己嫌悪の間を行ったり来たりしています。もう少し正確に言うと、その割合は2対8くらい。へこんで落ち込んでいる時間の方が、実際はかなり長いのです。

よくよく考えてみれば、ある目標を一つ成し遂げるためには、試行錯誤や、地道な努力や、失敗や、人に迷惑をかけることや、予定外の出来事から逃げられない。それらを乗り越えて何とか目標にたどり着いたとしても、「やった、やった!」と喜んでいられる時間はほんの一瞬で終わってしまう...。ゴールした瞬間には、もう次の目標が待ち構えているわけですから。
達成感に浸っている時間は2割。もがいている時間は8割。冷静に考えれば、これは逃れようのないサイクルだと言えます。

ならば、へこんで落ち込んでいる時の自分といかに上手くつきあうか――。その方法をマスターすれば、日々の戦いはほんの少し楽になるのではないでしょうか。
 
そんなシンプルな道理を私に強く納得させてくれたのが、米国の心理学者にして大ベストセラー作家でもあるリチャード・カールソン博士でした。90年代後半、博士の著書の一つ「小さいことにくよくよするな!」は、全世界で1500万部を売り上げ、日本でも100万部を超える大ベストセラーとなりました。私はいわゆる「自己啓発本」というのがピンとこない性質(たち)だったので、「あふれんばかりの啓発本の中で、たまたまブームに乗った1冊」、そんな程度にしか思っていませんでした。

ある日、同書を扱う日本の出版社の要請で、博士が急きょ来日することになりました。本はさらに売れ続けていて一種の社会現象を巻き起こしていたので、マスコミ各社は、ここがチャンスとばかりに取材依頼を申し出ていました。私もその一人で、書評を担当する「日経ビジネス」という雑誌の記事のために、博士にインタビューすることになったのです。私の次にはTBS「NEWS23」の筑紫哲也さんがインタビューの順番待ちをしていたこともあって、その時は「サッサと終わらせてしまおう」などと思っていました。

しかし博士の話を聞いていくうちに、「これは!」と感じ始めました。博士は私が想像していたような、耳ざわりのいい言葉を並べるだけの啓蒙家ではありませんでした。普段は主に米国企業の経営者やリーダーを対象に、地道な心理カウンセリングを手掛ける心のケアの専門家であり、ビジネス社会のしくみを子細に分析したうえで、論理的かつ現実的に精神の問題を解決しようと努力を重ねている人だったのです。
博士曰く、「米国ビジネス界のリーダーは、1980年代以降、'Break Through(現状打破)'という言葉の呪縛から逃れられないでいる。そういう経営者は'Break Through'を勝手に自分の宿命と勘違いし、自分を追い立てることで心のゆとりを失い、遂には不安と焦りに苛まれて、何をやってもうまくいかない状態に陥る。結局、途中で大事な仕事を放り出してしまうか、精神を壊してしまう人も少なくない。今、その傾向が世界中の人々に蔓延し始めている」。

なるほど、つまり「小さいことにくよくよするな!」という教えは、「小さい出来事をガンガン乗り越えて、目標に向かってまっしぐらに突き進め!くよくよするなよ!」というエールではないのです。正確には、「小さなトラブルや気がかりは常に存在するもの。だったらそれを認めてしまおう。「焦ってもすぐにはどうにもならないことや現状打破できないこと」があるのは当然だ。解決を求めず、今は堂々と受け入れなさい。そんなことよりも、今のあなたにはじっくり取り組むべきことは、他にあるでしょう」という、暖かい助言なのです。
実はこれ、目標達成を最速で叶える実践的な方法論でもあるんです。確かにこうやる方が、持続力を長く保てるし、焦らずあの手この手を考える余裕も生まれてくる。これはまさに心をマネジメントする'技術'。私は博士の言葉に大いに共感しました。

現状打破に躍起になったり、目の前の小さな問題に悩み抜いたせいで、当初の「目標」を見失ってしまう人がいます。中には、いわゆる「リセット願望」が強くなり過ぎて、何もかもを途中で投げ出してしまう人も見かけます。とても残念なことです。

居酒屋に置き忘れたケータイは、たいがいの場合翌日戻ってきませんか?パソコンが壊れても、何日か後には誰かにメールをしている自分がいませんか?喧嘩した友達も、次の日笑顔で挨拶すれば、たいがいの場合機嫌を直してくれますよ...
そんな小さな出来事のために毛布にくるまって胃をきりきりさせて過ごすくらいなら、課題をもう一度見直したり、単語を3つ覚えることの方が、楽しくて効率的ですよね。(笑)

私はまだまだ未熟で、自分のことでもいっぱいいっぱいの毎日ですが、少なくとも「映像翻訳の技術を習得する。映像翻訳者になる。映像翻訳業界やそれに関連するフィールドで活躍する」と願う皆さんの真っ直ぐな目標においてならば、その入り口と出口を、いつもしっかりと見つめています。もし、壁にぶつかってくよくよするようなことがあったら、遠慮なく相談して下さい。とはいっても、大抵の場合はこんなアドバイスかもしれませんが。(笑)

「へこんで落ち込んでいるんだね。なるほどよくわかる。でもね。そんな小さいことは、とっとと忘れちゃうか、放っぽらかしときゃいいんじゃない!?」(了)