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マギー司郎が教えてくれた、自分の弱みを認める強さ

NHKで放映中の「課外授業 ようこそ先輩」。
各界で活躍する著名人が母校の小学校を訪ねて、今の子どもたちを相手に独自の授業を行う番組です。欠かさず観ているわけではありませんが、注目している人が先生になったり、ユニークなテーマだったりすると観ることがあります。料理研究家の平野レミさんは、あのハイテンションで子どもたちに創作料理を手ほどきし、生真面目で知られる元プロ野球選手の村田兆治さんは、野球になんの興味もなさそうな子どもに向かって、豪快な'まさかり投法'で速球を投げ込んでました(笑)。子どもたちにとってはもちろん、教壇に立つ'先生'たちにも大きな発見と感動があって、終わりにはさわやかな気持ちにさせてくれる番組です。

再放送でしたが、ベテラン・マジシャンのマギー司郎さんが先生を務める回を観ました。マギー司郎さんと言えば、今では弟子であるマギー審司さんの方が有名になってしまって、「ちょっとパンチに欠けるなー」という印象です。
授業のテーマはもちろん「手品」。先生は、「手品を披露することで、人を楽しませる喜び」を子供たちに体験してほしいと考えています。もっと言えば、手品のテクニックは重要ではなく、「どうしたら多くの人に笑ってもらえるのか」を教えたいらしいのです。先生のウリである茨城弁のまったりしたトークを真似しろというわけではありません。翌日には全員が隣のクラスにたった独りで乗り込んで、マジックを披露して笑わせろというのです。
「こりゃー、けっこうキビシい要求だな」と思いました。でも「まぁ最後はいつものごとく、課題を克服した子どもたちが先生に感謝して、さわやかな別れってことで」――。
そんなシーンを想像していた私は、大きなショックを受けました。

先生は、笑わせるコツが見つからない子供たちに「確実に笑いを取れる方法」として、こんな風に教えたのです。「手品に関係なくていいからね。自分のダメなところ、弱いところを見つけて正直に話すんだよ。そうするとお客さんはきっと笑ってくれるよ」。
一瞬、我が耳を疑いました。だって、自分の弱みやコンプレックスを他人に話して笑われるんですよ。そんなことをフツーにできる人は、大人にだってめったにいないじゃないですか。

当然、子供たちは悩みました。そりゃそうですよ。皆さんも自分が小学生の頃を思い起こして下さい。「寝ぐせがついているよ」なんて言われただけで傷ついたり泣いたりするのが子どもです。「ボクは勉強ができないんですよー、アハハッ」とか、「ワタシは人と話しをするのが苦手なんです」なんて自ら打ち明けること、ましてや隣のクラスの同級生全員から笑い者にされるなんて...。
「これまで観たシリーズの中で、子どもたちに最大の試練がやってきた!」と思いました。なかなか自分の弱みと向き合えずに苦しむ子供たちを見て、チャンネルを変えようかなとさえ思いました。

シーンは翌日――。一人の男の子が隣のクラスでヘタなマジックを披露しています。そして一生懸命に話しかけているんです。「ぼくはですねー。ダメなやつなんですよー。家にいる時と学校にいる時の態度が違うんですねー。学校だとカッコつけてちゃんとしてるけどぉ、家の人にはぁ、お母さんとかにはぁ、意地悪しちゃうんですねー」。
同級生たちから自然な笑い声が湧き起こっています。その様子をマギー司郎先生はじっと見つめていました。男の子はマジックが終わって、「うまくいって嬉しかった」。

自分の弱みと向き合う苦悩。そしてそれから逃げずに他人に打ち明けて笑われる喜び。子どもたちがたどった道程は、マギー司郎さんの人生そのものだったのです。様々な体験を乗り越えて、ある境地に達した人間の大らかさと厳しさ。マギー司郎さんの堂々とした姿を前にして、私はしばし言葉を失いました。

それと同時に、「たとえ相手が子どもであっても'教える'という行為に妥協や誤魔化しは通用しないんだよ。自分が正しいと信じることを真っ直ぐに伝えることが、相手への礼儀であり筋というものなんだよ」――マギー司郎さんのそんな声なき声が、確かに聴こえました。

彼が多くの弟子から愛されている理由が、わかったような気がしました。

(追記:この番組(NHK「ようこそ先輩!~マギー司郎さん編~」)は、このコラムを執筆した後に、教育番組国際コンクール「2004年日本賞」の東京都知事賞を受賞しています)(了)