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知を(少しだけ)深める

何かについて「知る」という行為には段階がある。見たことも聞いたこともない状態を「知らない」とすれば、見たり聞いたりして頭の中に何かイメージが残った状態をもって、多くの人はそれを「知った」と認識する。

情報が氾濫している時代だ。知りたいことや知っておいた方がよさそうなことは、パソコンやスマホ、メディアを通じて次から次へと目の前に現れる。その急流に身を任せていれば、自ずと「知っていること」は増えていく・・・。誰もが思い当たることだろう。

ところがそこに落とし穴がある。まずは次の質問に答えてほしい。

「『人間失格』は太宰治の小説ですか?」

「民主党は現政権を担う政党ですか?」

「東京スカイツリーは日本一高い電波塔になる予定ですか?」

答えはいずれも「イエス」である。何を聞くのかと思っただろう。
では、次の質問はどうか。


「『人間失格』は小説なのですね。では小説とは何ですか?」

「そもそも政党って何ですか?」

「電波塔について説明して下さい」


目の前に問われた相手がいると思って何か言葉を発してほしい。それが正確かどうかはさておき、まずは30秒でも説明できれば立派である。もしできないとすれば、その状態の「知」とは何か?誤解を恐れずに言えば、「知っている」というのは錯覚で、実は「何も知らない」に等しい。

日常生活ではどうでもよいことかもしれない。しかし、映像翻訳者をはじめメディアで言葉を商材にする人やそれを目指す人にとっては致命傷になりかねない。

冷静に考えてほしい。「小説とは何か?それは文章の形式を指すのか?フィクションは小説ではないのか?小説の対極にあるものは何か?」などについて何も考えたことがない人が「村上春樹は一流の小説家だ」という文章を読者や視聴者に売る。それは、食材について何の知識もない料理人がその辺の野山で適当に集めた草木を鍋に放り込んでできた料理を売りつけるのと同じである。

だからと言って、へこむことも落ち込むこともない。「知っている」リストを増やすことをこれから楽しんでいこうと考えた人なら、大丈夫だ。恥を忍んで言えば、上の設問はいずれも私が最近になって思い至り、自分なりに調べてようやく「知っていること」に加えたものである。

「小説」に至っては、ある編集者から「次は『実話をもとにした小説』をテーマに書評を書いて下さい」と頼まれ、気軽に引き受けたものの、いざ選書の段階になると「実話って?フィクションって?ノンフィクションって?そもそも小説って何だ?」と思い悩んでしまったのが調べるきっかけとなった。その過程でフィクションとノンフィクションの中間に「ファクション」というジャンルがあり、現代文学におけるファクションの始まりはトルーマン・カポーティの『冷血』であることなど、興味深い知識をたくさん仕入れることができた。

「知っている」の数を増やすのに、早い遅いはなく、焦る必要もない。大切なのは、見過ごさないこと、そして生涯それを楽しみ、続けることだと思う。もし共感できる部分があれば、今すぐ自分の「知ってるけど知らない」を探そう。答え探しに難航したら、ぜひ手伝わせてほしい。(了)