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アンドロイドは機械翻訳で夢を見るか?

コンピュータ翻訳(機械翻訳)が注目を浴びている。あなたはこのトレンドをどうとらえるだろう?「翻訳者の仕事が失われるのではないか」と危惧する声も少なくない。ほんとうにそうだろうか?

私は「翻訳者が翻訳者たる存在感を示す好機だ」と考えている。

まず事実を確認しておきたい。今年ベストセラーとなった『2050年の世界 ~英「エコノミスト」誌は予測する~』の中に、翻訳の今後を扱った項目がある。「言語と文化の未来」と題された著者の分析を要約すると次の通りだ。

・コンピュータを使った翻訳技術はさらなる進化を遂げる。しかし、「言語を理解させて翻訳する」という方法ではなく、「人間が翻訳した訳文を大量にかき集めて原文に一致させる、統計学を駆使した方法」が主流であり続ける。

・言語学者ニコラス・オスラーは「コンピューターが人間の脳のように言葉を理解できるようになるには長い時間を要する。ましてや迅速かつ正確に翻訳するには、さらに長い時間が必要になる」と述べている。

・こうしたことから、あと40年かけても優秀なプロレベルの翻訳をコンピュータが行うのは難しいだろう。

誤解を恐れず一言で言えば「機械翻訳が単純な言語マッチングの域を超えることはなく、人間の言葉を人間自身の理解と創造性をもって変換するニーズは失われない」ということだ。

その通りだと思う。私は最近、講演やセミナーなどに呼ばれるとこんな話をしている。「Good morningを日本語にする作業は誰でもできるしやっている、もちろん翻訳ソフトでもできる。でも、プロの翻訳者が『おはようございます』と訳したらそれは'仕事'となる。つまり、報酬を求めるに値する」。

しかし、もしその訳者が「Good morning=おはようございますでしょ」などと片づけてしまうような人なら、それはプロの翻訳者ではない。機械と同じだ。「おはよう!/お早うございます/おっは~!out(訳さない)/グッド・モーニング/ぐっどもーにんぐぅ/(前後の流から)もう起きたのか/お目覚めか/遅いね......そんな無限の候補から根拠をもって最適な訳語を導き出すのがプロの翻訳者だ。

ここまで書いていたら、修了生で映像翻訳者の扇原篤子さんがとても面白い事例をSNSで挙げて下さっていたので紹介したい。絵本の金字塔『百万回生きたねこ』の英訳版が2013年に出版されるのだが、その翻訳者の作業に関するエピソードだ。

訳者はタイトルの英訳にあたり、「1万回死んだねこ」ではダメなのか?と悩んだという。英語の語感なのか、インパクトなのか、それとも内容の解釈からか、それはわからないが、とにかくそんなふうにしばらくの間悩んだというのだ。結局『The cat that lived a million times』に落ち着いたという。そのまんまだ(笑)。しかし、その結論に至るプロセスには人間臭が充満している。プロだ。

素晴らしき哉、翻訳者――社会にそう認めさせ続けるために今、私たちは何を習得すべきか? 機械翻訳ができない、やらないことを考えれば自ずと答えは見えてくる。社会はヒト。アンドロイドではない。

この冬休み、そんなことを頭の片隅に置きながら1冊の本、1本の映画やテレビ番組と向き合ってみてはどうだろう。(了)