気ままに映画評

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2010年12月 アーカイブ

君も明日からヒーローだ!?
ヒーロー映画2本の予告編
『キック・アス』『グリーン・ホーネット』

日本初!? 劇場公開映画の"予告編"を斬るコラム

明日に向って観ろ!



Text by Junichi Suzuki (鈴木純一/映画コラムニスト)


自分が映画を観るようになったのは80年代の半ば、まだインターネットがない時代だった。公開作の情報を得る手段といえば映画情報誌の記事や新聞の広告、映画館に置いてあるチラシくらい。本編上映前の"予告編"もあるにはあったが、予告編の上映中はまだ席についていない人もたくさんいて、さほど重要視されていなかった。内容も主役が登場するシーンをつないだ程度のものが多かったと思う。

ところが今はどうだ。予告編の良し悪しで観客の入りが変るとまでいわれ、配給会社はその製作に膨大な予算をつぎ込んでいる。本編撮影に先んじて予告編専用のシーンを撮ることさえあるそうだ。そんな風にして世に放たれる予告編たちは、脇役でありながら観客の目を釘付けにし、時にはその後の本編より強い印象を与えることもある。最近は劇場でだけでなく、インターネットを通じて誰もが気軽に楽しむようになった。

もはや予告編は1つの"作品"だ。ならば予告編を独立した完成形と見立てた論評があってもいいと思った。このコラムは、本編を観る前に気になった予告編を取り上げ、その印象から本編の出来などを好き勝手に想像しながら論じるものだ。

なお、実際に本編をご覧になった皆さんの感想がこのコラムの論評とズレていても、当局は一切関知しない......。




君も明日からヒーローだ!? ヒーロー映画2本の予告編
『キック・アス』『グリーン・ホーネット』

映画の世界には2種類のヒーローが存在する。スーパーマンやスパイダーマンのように、特殊能力を正義のために役立てようとするヒーロー。もうひとつのタイプは、特殊能力は持たないが、「正義」に目覚めてヒーローを始めてしまうタイプ。バットマンがこれにあたる。今回の2本は後の方のタイプだ。

まずは『キック・アス』の予告編から。
ヒーローに憧れる男が、自称ヒーローの"キックアス"になる。しかし悪を倒すつもりが...逆にボコボコにされる。当たり前だ。ヒーローの格好だけではヒーローにはなれない。仮面ライダーの衣装を着ても、仮面ライダーにはなれないのと同じだ。

そこに登場するのが"ヒット・ガール"。演じるのはクロエ・グレース・モレッツだ。モレッツは『(500)日のサマー』(2009年)で主人公に恋のアドバイスをする少女として脚光を浴びた。モレッツは1997年生まれでまだ13歳だが、すでに数多くの映画に出ている。僕が13歳の時に何をしていたかと思い返せば・・・350ml缶のコカ・コーラを一気飲みして、友達に自慢してました(笑)。

ヒット・ガールは必殺の二丁拳銃と格闘技で悪党を抹殺!・・・強すぎます。どうやらバイオレンス描写が多いようで、アメリカで成人指定されたのも納得。ところで以前から思っていたのだが、未成年の出演者たちは、成人指定された自分の出演作を観ることができるのだろうか?

彼女の父親を演じるのはニコラス・ケイジ。こちらもバットマンもどきのコスプレで登場する。『キック・アス』の原作はコミック。ケイジはコミック好きで有名なので、この役に指名されてきっと幸せなはずだ。

本作のプロデューサーはブラッド・ピットで、監督はマシュー・ヴォーン。さて、この2人のつながりは?
ガイ・リッチー監督作『スナッチ』(2000年)では、ヴォーンはプロデューサーを、ピットはご存知の通り主演を務めている。その時以来の仲ではないかと想像できる。


        * * * * * * * * * *


もう1本は、『グリーン・ホーネット』。
こちらも"お目覚め系"のヒーローもの。新聞社の社長が勝手に"グリーン・ホーネット"となり、助手のカトーと共に悪と戦う映画である。
『グリーン・ホーネット』は1960年代に放送されて人気を博したテレビドラマだ。その時にグリーン・ホーネットの助手、カトーを演じたのは『燃えよドラゴン』(1973年)でブレイクする前のブルース・リーである。

今回の映画版でカトーを演じるのは誰か?と話題になっており、『少林サッカー』(2001年)のチャウ・シンチーなどが候補に挙がったが、最終的には『カンフー・ダンク!』(2008年)のジェイ・チョウに決まった。

主演のグリーン・ホーネットを演じるセス・ローゲンは『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007年)などのコメディ映画での好演でアメリカでは人気の俳優だが、日本での知名度は低い。演技だけでなく脚本も書く才人で『グリーン・ホーネット』でも脚本を担当している。彼が出演している『俺たちニュースキャスター』(2004年)や『恋するポルノ・グラフィティ』(2009年)も面白いのでオススメ。セス・ローゲンが日本でも人気者になることを願う。

予告編には、主人公が改造車を乗り回してハイテンションになっていたり、銃を持って必要以上に嬉しそうにしているシーンがある。ふと、『アイアンマン』(2008年)を思い出した。ロバート・ダウニーJr.がアイアンマンのスーツ作りにひきこもって没頭しているのと同じ感じ。ヒーローというより、プラモデル作りで徹夜している高校生の感覚ですね。

最初から特殊能力を持っているヒーローより、普通の人がヒーローになるべく、必死になる姿の方が、僕は観ていて心が熱くなるが、皆さんはどうだろう。

両作品とも「いつかは自分もヒーローになれる」レベルは★★★★★(★五つが満点)。
でも夢中になりすぎて、実生活でコスプレ・ヒーローを目指さないように!(当たり前だって)



今回注目した予告編
『キック・アス』と『グリーン・ホーネット』



★『キック・アス』
監督・製作:マシュー・ヴォーン
出演:アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モレッツ、ニコラス・ケイジ、
制作国:アメリカ
12月18日より公開
公式サイト:http://www.kick-ass.jp/index.html


★『グリーン・ホーネット』
監督:ミシェル・ゴンドリー
脚本:エヴァン・ゴールドバーグ、セス・ローゲン
出演:セス・ローゲン、ジェイ・チョウ、キャメロン・ディアス
2011年1月22日より公開
公式サイト:http://www.greenhornet.jp/

野太い歌声と可憐な素顔でクリスティーナ・アギレラが放つ
シズル感あふれる映画『バーレスク』

                                                  Text by 綾部歩

バーレスク大.jpg「シズル感」という言葉になじみがない人も多いだろう。「シズル(sizzel)」という英語が語源となっている広告業界用語で、従来は食品がとてもおいしそうに映っている様を表現する言葉だ。今では物事がリアルでビビッドである様子を表す言葉としても使われる。この言葉がふと頭をよぎるほど、映画バーレスクはシズル感が溢れる作品だった。

物語はクリスティーナ・アギレラ演じる田舎娘のアリがロサンゼルスにあるクラブ、バーレスクでいじめや恋に悩みながらも前向きに歌手への夢に向かい突き進むサクセスストーリー。話自体はよくあるシンプルなものだ。映画を見慣れた人ならすぐ次の展開が想像できてしまうだろう。

つまり、この作品に期待するべきはストーリーではない、というのが私のはっきりとした見解だ。では私の感じた「シズル感」の正体は一体何なのだろうか。

1つはクリスティーナの力強い歌声だ。特に最初のナンバー"Something`s Got A Hold On Me"の歌声は、156センチほどの華奢で小柄な姿からはイメージできないほど野太く力強い。その歌声からは「自分はプロのシンガーである」というプライドと、本映画にかける彼女の想いを強く感じた。ふと自分の腕に鳥肌が立つのをみて、心で感じる圧倒感は本物だと実感したほどだ。劇中で歌われる8曲のうち、3曲はクリスティーナ本人が作詞しているという事実からも、いかに彼女が本作に入れ込んでいるかを伺い知ることができる。

そして、もう1つ注目してもらいたいのが純粋な役柄を演じるクリスティーナの新たな一面だ。クリスティーナ・アギレラといえば、普段アーティストとしてテレビや雑誌で見せる顔は破天荒なイメージが強く、真っ赤な口紅につけまつ毛というビビッドなメイクやファッションに身を包んでいる印象がある。しかしこの作品中のクリスティーナは、ステージ以外のシーンでは純粋でかわいらしい役柄に徹している。実はプライベートはこんな感じなのかな、と思いを巡らせてしまうほど、その役柄がピタリとハマり、普段の姿とギャップがあって魅力的なのだ。特にナチュラルメイクの力強いまなざしが心に残る。男性ならきっと皆ノックアウトされてしまうだろう。

クリスティーナの圧倒的な歌唱力とあどけない役柄に徹した演技力、この二つが絶妙に相乗効果を成し「シズル感」を生み出しているのがこの作品、「バーレスク」なのだ。

実は、恥ずかしながらクリスティーナについて何も知らずにこの作品を鑑賞した私。ところが、いまや完全に彼女の魅力にメロメロだ。彼女をよく知るファンだけでなく、まだ彼女を知らない人々にクリスティーナ・アギレラという多才なアーティストの魅力を伝える作品として、是非お勧めしたい。

セクシーでカッコイイ"バーレスク"の魅力を
臨場感とともに体感できる映画

                                                 Text by 落合佑介

バーレスク裏.jpgバーレスクとは、ダンスと歌、寸劇を組み合わせた女性たちによるセクシーなショーのこと。アメリカでは1920年代に広まった「大人の社交場」である。ダンサーたちはキラキラした宝石を身につけ、ランジェリーやコルセットなどの衣装に身を包み、歌やダンスを披露する。

映画の主人公は、歌手になる夢を追いかけて地方からロサンゼルスにやって来たアリ(クリスティーナ・アギレラ)。引退した歌手のテス(シェール)が経営する「バーレスク・クラブ」で働き始めたことをきっかけに、バ―レスクショーへの情熱を胸に卓越した歌唱力で成功をつかんでいくという話だ。

この作品を観て一番感じたのは、作品の要所、要所で登場する「バーレスク」の舞台のシーンの臨場感のすごさだ。まるで、自分が本当にその場に行って舞台を見ているのでは、と錯覚するほど、迫りくる勢いと立体感があった。

この迫りくる臨場感は何なのだろうか? 思えば、「シカゴ」や「ムーランルージュ」など過去の作品でも、バーレスクという世界は登場していた。しかし、いずれの作品も、バーレスクの世界を部分的に切り取ってストーリーに挿入したように感じたのに対し、本作品はバーレスクの魅力を全面に押し出している。

この「差」を生み出しているものの1つは、キャスティングだろう。これまでの作品でバーレスクで歌って踊っていた人たちは、あくまで役者だった。つまり、歌も踊りもプロではなく、作品のために役者が訓練してパフォーマンスを見せていた。しかし、今回はクリスティーナ・アギレラやシェールといった本物のプロのシンガー、なかでもグラミー賞 受賞経験のある「プロ中のプロ」が演じている。実際、映画の中でアギレラは、細く綺麗なプロポーションからは想像もつかないほどパワフルな歌声と激しいダンスを披露している。また、シェールもアギレラとは違うショービズ界の第一線で長く活躍する王者ならではの貫録を見せつけていた。この2大スターを持ってして、歌や踊りのシーンに臨場感が生まれないわけはないのだ。

もう1つは、監督のこだわりだろう。本作の監督、スティーブン・アンティンは、かつてバーレスクで働いていたことがある。バーレスクについて、「すごく特殊だけど、魅力的な世界」と描写したアンティン監督は、映画の記者会見で映画を制作した目的を「バーレスクという素晴らしい世界を世の中に紹介すること」と話していた。その監督のこだわりが、衣装、小物、メイクの全てに生かされ、「生のバーレスク」の雰囲気を創り出しているのだ。

僕自身、バーレスクという世界のことはあまり知らず、セクシーな女性の舞台ならば、ストリップのようなものかと思っていた。ところが、本作を見てバーレスクはストリップやヌードとは全く違うことをはっきりと知らされた。衣装は脱いでも、羽で出来た扇子などを使って局部や胸を巧みに隠す。下品ではなく、スタイリッシュでカッコいい。「いやらしさ」ではなく「カッコよさ」を感じる、あくまで女性のセクシーな魅力を芸術的に表現したショーなのだ。

観る者をこんな気持ちにさせるくらいなのだから、「バーレスクという素晴らしい世界を世の中に紹介したい」という監督のもくろみは見事成功した、と言えるだろう。

女性のみならず男性にも、是非ともお勧めしたい作品だ。

「シンデレラになる前の若き女」と「シンデレラになった後の成熟した女」
それぞれに足りないものを教えてくれる映画『バーレスク』

                                                Text by 野口みゆき

バーレスク大.jpgクリスティーナ・アギレラとシェールはともにグラミー賞受賞の経験があるアメリカの歌手。生粋のエンターテイナーだ。年齢もショウビズ界でのキャリアの長さも違う2人が、歌手としてのパフォーマンスさながら歌って踊る映画が誕生した ― 『バーレスク』だ。

田舎からスターを夢みてロサンゼルスに来た主人公のアリ(クリスティーナ・アギレラ)。そこで出会ったのは、セクシーな女性ダンサーたちが夜ごとショーを繰り広げている大人のためのクラブ"バーレスク"だった。アリはそのステージに魅せられ、舞台に上がることを夢みる。今も現役のダンサーであり、クラブの経営者でもあるテス(シェール)に自分をアピールするが、なかなか取り合ってもらえない。しかし、アリには、1つ強力な武器があった。類まれな歌唱力だ。やがて主役の座を射止め、スターへと上り詰めていくアリ。ところが、クラブの経営難や、引き抜きの誘いといった難題が押し寄せ、アリそしてテスも決断をせまられることになる ――。

主人公の若い女性が洗練されたゴージャスな女性に生まれ変わる映画はよくある人気のシンデレラ・ストーリーだ。例えば、『プラダを着た悪魔』、『プリティーウーマン』『マイ・フェア・レディー』など、時代や舞台が変わっても、永遠に人気のテーマと言えるだろう。

しかし、本作『バーレスク』がこれまでの作品と違うのは、単に女の子がシンデレラになるまでの道のりが描かれているのではないこと。本作では、「シンデレラになる前の女」と「シンデレラになった後の女」が同時に描かれているのだ。

「シンデレラになる前の女」とは、もちろんアリのこと。彼女は、若さゆえの純粋さと、時に無謀にも思えるひたむきさで夢への道を切り開いていく。しかし、彼女のように若く、夢を追い求める者が陥りやすい落とし穴に一時ハマってしまう。それは、自分にとって本当の味方は誰なのか? ということを見失いかけるのだ。類まれな歌唱力を持ち、スターの階段を駆け上る彼女には、当然たくさんの人間が寄ってくる。その中で本当に自分の幸せを願っている人間と、単に道具として自分を利用しようとする人間の区別がつかなくなってしまう。まさに、「夢を叶える前の若き女」が陥りやすいウィークポイントと言えるだろう。

一方、「シンデレラになった後の女」とは、かつてクラブの大スターを誇ったダンサーであり、現在は経営者でもあるテス(シェール)だ。若き日にダンサーとしての夢を叶え、経営者としてクラブそのものも手に入れたテス。彼女はまさに「アリのその後」つまり、若い女性が夢を叶えたその後の人生と言えるだろう。

この映画ではテスのウィークポイントもしっかりと描かれている。夢を実現させ地位を手にいれた者が陥りやすいウィークポイント、それは過去の栄光に捕らわれて、周囲の変化を受け入れられなくなることだ。

かつて全盛を誇ったクラブ『バーレスク』は、今や借金が膨れ上がり、どの銀行も出資してくれないという最悪の経営難に陥っていた。クラブの共同経営者である元夫は度々助言をするが、テスは一向に耳を貸さないのだ。

この作品では「夢を叶える前の若い女性」と「夢を叶えた後の成熟した女性」のそれぞれの生き方が描かれている。若い女性の夢物語だけでもなければ、成熟した女性だけの話でもない。そして、それぞれの年代に足りないものを教えてくれる。あらゆる年代の女性に、ぜひとも観てほしい。