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2009年2月 アーカイブ

vol.51 『苺とチョコレート』 by 杉田洋子


2月のテーマ:ビター&スイート

先週、札幌で行われたキューバ映画祭に行ってきました。
還暦を迎えた雪祭りに沸く北の町札幌で、カリブ海の真珠キューバの映画。
こたつでアイスを食べるような幸福感につつまれて、5本の映画を鑑賞しました。
今回取り上げる作品『苺とチョコレート』は、恐らく日本でもっとも有名なキューバ作品。
映画祭でももちろん上映しました。


舞台は1980年代のキューバの首都ハバナ。1959年以来現在も続く革命政権を支持する大学生ダビドは、恋人に裏切られたばかり。ある日、人気のアイスクリーム店「コッペリア」でチョコレートアイスを食べていると、向かいに苺のアイスを持ったディエゴが座る。

男のくせに苺アイスを食べるなんてゲイに違いない...。

警戒する一方で、ディエゴの文学話に好奇心をそそられるダビド。結局、自分の写真を持ってるという話につられて彼のアパートまで行くことに。部屋の中は芸術的な調度品や貴重な書籍、洗練された音楽で溢れていた。展示会に出すという友人の過激な彫刻作品。おまけに正規では入手できないはずの舶来もののウィスキー...。
ディエゴが反体制派であることを改めて確信したダビドは、同志のミゲルに事情を話す。性的指向といい、過激な趣味に展示会といい、危険因子とにらんだミゲルは、ディエゴをスパイするようダビドを促す。親しいふりをしてディエゴに接近するダビドだが、次第に2人の距離は縮まってゆき...


ダビドが男性に目覚める。


...という話ではありません。かといって政治思想に終始した話でもありません。

※ここから先、まるでレポートのように長くなってしまったので、偏見を持たずに作品を見たい方は先にまっさらな目で鑑賞されることをお勧めします...。


レイナルド・アレナス原作、ハビエル・バルデム主演の『夜になるまえに』をご覧になった方もいるでしょう。アレナスはキューバ出身の有名な作家で、同性愛者であることや過激な主張から迫害を受け、アメリカへの亡命を余儀なくされます。この作品でも描かれているように、キューバ政府が同性愛者に対し弾圧的な態度をとったということはしばしば取り上げられる話題です。
"ゲイ=反体制派" という式図は私たちにはあまりピンと来ない。自転車ライトをつけていない=窃盗車とみなされる時のような単純さと理不尽さを覚えます。ある種の傾向をもとに、政府は若いうちに芽をつんでいるつもりでしょうが、そのこと自体が相手をかたくなにしている。そのこと自体が反対派を作り出しているという矛盾があります。
それでも政府に権威となんらかの正当性を感じる限り、大抵の国民は盲目的に巻かれてゆく。
そんな中、文化面での抑圧を敏感に察知したディエゴは疑問を持つ。その鋭さ自体が、政府にとって脅威となるのです。

ディエゴは個人として、国に自由を求めました。国を愛するからこそ声を上げ、それを貫いたからこそ、不本意な結果にいたります。
この作品が他でもないキューバ政府の検閲を通ったなんて不思議に感じますが、少なくともディエゴは報われていない。中から描く限り、ある意味でこれは見せしめ的な効果を持っているようにもとらえられます。(監督の本意ではなく、検閲を通るための巧みなトリックとして)
アレナスの作品のような、自伝による外からの批判とは別の性格を帯びている。また、この作品を許すこと自体が政府の文化的寛容性を示すことになるようにも思えます。

ディエゴは、ダビドを愛するがゆえに彼からも身を引きます。社会でも否定され、恋心もかなわない。ディエゴの話しぶりはとってもスウィートでコミカルでユーモラスですが、その裏でどれほどの苦悩を抱えていたかと思うと本当に痛々しくなります。

一方ダビドは、革命のおかげで貧しくても大学に通えるという恩恵を受け、盲目的に政府を信じていました。しかしディエゴとの出会いによって個人の意思を取り戻します。政府を支持してはいても、疑問の余地があることを認めるようになる。恋人への失望も含め、若いダビドが成長してゆく過程も注目ポイントの1つです。ダビドは次第にディエゴに対しても心を開き、2人の関係は固い友情という形に昇華してゆきます。

2人の関係性は、もちろんキューバという国で、この特殊な状況があったからこそ生まれたものでしょう。2人を取り巻くすべての要素が2人の関係を築いた。でも何よりも2人が個人だったから、この絆が生まれたのだと思います。
取り巻く条件は違っていても、私たちだって社会との関係性や個人的な恋愛・友情の狭間で、一喜一憂して生きている。そういう意味ではすごく共感できる作品です。どんな映画にもどんな人生にもビター&スイートはあふれている。この作品はちょっぴり苦味が強いかもしれない。でもその中には、己の信念を貫いたからこそ味わえる格別のスイートが眠っているのです。

固いことばかり書きましたが、コミカルな要素やステキなセリフがあふれた素晴らしいドラマ作品です。見方も千差万別。私自身も次に観るとき(たぶん4回目)はまた別の発見があるはず。
字幕もとってもステキなので、ぜひ観てみてくださいね。


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●『苺とチョコレート』
出演:ホルヘ・ペルゴリア、ウラジミール・クルス、ミルタ・イバラ 他
監督:トマス・グティエレス・アレア、フアン・カルロス・タビオ
脚本:セネル・パス
製作:ミゲル・メンドーサ
製作年:1993年
製作国:キューバ/メキシコ/スペイン
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vol.52 『ノーカントリー』 by 藤田庸司


2月のテーマ:ビター&スイート

少し前の"発見!今週のキラリ☆"で、桜井くんが"味"をテーマにステキなコラムを書いていたが、味覚というものは年齢を重ねるに従い変化する。僕の場合、特に実感するのは、子供の頃、食べるくらいなら飢え死にしたほうがマシだった苦い食べ物、ピーマンや魚のワタ(内臓)などが、今となっては大好物であることだ。そういった変化は映画の好みにも見られる。子供の頃はいわゆる"ハッピー・エンド"で分かりやすい、ハンバーグやオムライスのような映画が好きだった。弱者をいたぶる悪党をカッコイイ正義の味方がやっつけるヒーローものや、美しい女性に恋をし、振られながらも追いかけ、最後は振り向いてもらえる恋愛ドラマなど、不安があったとしても、どこかしら希望が持て、「きっと最後は大丈夫だよね」的な、エンディングが予測できる"甘い映画"が好きだった。また、年齢を重ね二十歳くらいになると、歴史モノ、特に戦争をテーマにした作品や、人種問題を扱った社会派ドラマなどの"辛い映画"をよく見た。そして、ここ数年は今日紹介するような"苦い映画"にハマっている。

『ノーカントリー』
舞台はアメリカのテキサス州。溶接工のモス(ジョシュ・ブローリン)は偶然、ギャング同士の麻薬売買がこじれたであろう、抗争現場に遭遇する。死体が転がる中、札束の入ったカバンを奪い、逃走を図るモスだが、ギャング組織の追っ手、シガー(ハビエル・バルデム)に命を狙われる羽目に。シガーは冷酷で無慈悲な殺人マシーン。執念深いことこの上なく、逃げるモスをコンピューターのような正確さで追い詰めていく...。

コーエン兄弟の作品は苦い。「ファーゴ」や「バーバー」、「バートン・フィンク」などもそうだが、絶えずブラックなユーモアや皮肉、不条理が作中にお香のように立ち込める。見終わった後に清々しさや安堵の気持ちなどは微塵も残らない。登場するヒーローは必ずしも強くないし、善人が必ずしも幸福ではない。悪党が生き残り、正直者が馬鹿を見る。歯がゆいし、悔しい。でも世の中を正視すれば、それは事実であり、決してウソではないことに気づく。身近な所で起こっていることを見ても分かる。昨日まで働いていた職場を一瞬で解雇され、公園で寝起きするサラリーマン。泥酔状態で国際会議に出席する大臣...。矛盾や不条理が溢れている。ただし、コーエン兄弟はそこで卑屈にはならない。みんなが目を背けたくなるものをギリギリと噛み締め、搾り出した苦汁を堆肥のように撒き散らし、世間をあざ笑うのだ。

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『ノーカントリー』
出演:ハビエル・バルデム 、ジョシュ・ブローリン他
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作年:2007年
製作国:アメリカ
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