今週の1本

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vol.52 『ノーカントリー』 by 藤田庸司


2月のテーマ:ビター&スイート

少し前の"発見!今週のキラリ☆"で、桜井くんが"味"をテーマにステキなコラムを書いていたが、味覚というものは年齢を重ねるに従い変化する。僕の場合、特に実感するのは、子供の頃、食べるくらいなら飢え死にしたほうがマシだった苦い食べ物、ピーマンや魚のワタ(内臓)などが、今となっては大好物であることだ。そういった変化は映画の好みにも見られる。子供の頃はいわゆる"ハッピー・エンド"で分かりやすい、ハンバーグやオムライスのような映画が好きだった。弱者をいたぶる悪党をカッコイイ正義の味方がやっつけるヒーローものや、美しい女性に恋をし、振られながらも追いかけ、最後は振り向いてもらえる恋愛ドラマなど、不安があったとしても、どこかしら希望が持て、「きっと最後は大丈夫だよね」的な、エンディングが予測できる"甘い映画"が好きだった。また、年齢を重ね二十歳くらいになると、歴史モノ、特に戦争をテーマにした作品や、人種問題を扱った社会派ドラマなどの"辛い映画"をよく見た。そして、ここ数年は今日紹介するような"苦い映画"にハマっている。

『ノーカントリー』
舞台はアメリカのテキサス州。溶接工のモス(ジョシュ・ブローリン)は偶然、ギャング同士の麻薬売買がこじれたであろう、抗争現場に遭遇する。死体が転がる中、札束の入ったカバンを奪い、逃走を図るモスだが、ギャング組織の追っ手、シガー(ハビエル・バルデム)に命を狙われる羽目に。シガーは冷酷で無慈悲な殺人マシーン。執念深いことこの上なく、逃げるモスをコンピューターのような正確さで追い詰めていく...。

コーエン兄弟の作品は苦い。「ファーゴ」や「バーバー」、「バートン・フィンク」などもそうだが、絶えずブラックなユーモアや皮肉、不条理が作中にお香のように立ち込める。見終わった後に清々しさや安堵の気持ちなどは微塵も残らない。登場するヒーローは必ずしも強くないし、善人が必ずしも幸福ではない。悪党が生き残り、正直者が馬鹿を見る。歯がゆいし、悔しい。でも世の中を正視すれば、それは事実であり、決してウソではないことに気づく。身近な所で起こっていることを見ても分かる。昨日まで働いていた職場を一瞬で解雇され、公園で寝起きするサラリーマン。泥酔状態で国際会議に出席する大臣...。矛盾や不条理が溢れている。ただし、コーエン兄弟はそこで卑屈にはならない。みんなが目を背けたくなるものをギリギリと噛み締め、搾り出した苦汁を堆肥のように撒き散らし、世間をあざ笑うのだ。

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『ノーカントリー』
出演:ハビエル・バルデム 、ジョシュ・ブローリン他
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
製作年:2007年
製作国:アメリカ
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