今週の1本

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2008年10月 アーカイブ

vol.43 『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』 by 浅野一郎


10月のテーマ:不思議

いよいよ2008年10月期の講義が始まりましたね。今期、初めて受講なさる方から、進級した方や修了した方まで、それぞれ不安や期待を抱いていることでしょう。しかし、映像翻訳の需要は着実に伸びていますし、トライアルにも多数の方が合格し、次々にプロの映像翻訳者として活躍し始めています。学習中の方も、トライアルにチャレンジ中の方も自信をもって頑張ってください! こんにちはMTCの浅野です。

さて、私が今回のキラリに選んだのは『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』。私はどちらかというと"洋画派"です。洋画しか観ないというのでもなければ、邦画を敬遠して見ない、というのでもないのですが、邦画には、何となく食指が動きませんでした。
しかし、昔から不思議と"寅さんシリーズ"だけは別格で、特に32作目の『口笛を吹く寅次郎』は、今までに何度観たのかさえ覚えていないほど観ています。

マドンナは"三択の女王"こと、竹下景子。ある日、墓参りのため備中高梁を訪れた寅さんは、ある寺の和尚とその娘、朋子(竹下景子)に出会い、和尚と意気投合した寅さんは、寺に居つくことに。

通常の寅さんシリーズでは、ここから寅さんの片思いが始まり、最後は恋に破れ、それとなく去っていくというパターンが多いのですが、『口笛を~』では、朋子が寅さんに対して満更でもない想いを抱いてしまいます。しかし、ラストで彼女がそれとなく伝える好意を、寅さんは、冗談としてはぐらかしてしまうのです。
このシーンがまた切ない...。閉まりかける電車のドア。涙を浮かべて寅さんを見つめる朋子を、寅さんは笑いながらそのまま見送ってしまう...。京成柴又駅を出た電車をいつまでも見送る寅さん。その寅さんを切なそうに見つめる妹のさくら。書いているだけで、涙が出てきます...。

"このシーンを何度でも好きなときに見たい!"。そんな思いが高じた結果、ついに、10月29日に発売予定の「男はつらいよ HDリマスター版」(DVD54枚組み)を購入してしまいました。寅さんは正月映画の代名詞。今年の正月は大好きな寅さんを見ながら過ごそうとワクワクしています。

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『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』
監督:山田洋次
出演:渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、中井貴一
製作年:1983年
製作国:日本
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vol.44 『タラデガ・ナイト オーバルの狼』 by 石井清猛


10月のテーマ:不思議

"世界に不思議があるのではなく、世界があることそれ自体が不思議なのだ"と言ったのが誰だったか思い出せないままその言葉をそっくり借用するなら、ブリーフ一丁のウィル・フェレルに不思議があるのではなく、ブリーフ一丁のウィル・フェレルがいることそれ自体が不思議なのだ、ということになるのかもしれません。

『俺たちフィギュアスケーター』の奇跡的な一般公開をきっかけとしてコメディ俳優として日本で待望のブレイクを果たしたウィル・フェレルは、そのアクの強い偏執妄想症的演技と突出した原始的相貌によって長く私たちの記憶にとどまるであろう現代屈指の喜劇俳優です。

コメディアン/俳優としてだけでなく、優秀なプロデューサー/脚本家としても知られるウィル・フェレルのフィルモグラフィーをたどる時、ひとまず私たちはその役柄や作品ジャンルの多様性に圧倒されるのですが、やがて一つの小さな、しかし見逃しようのない符合に思い当たるでしょう。
"ウィル・フェレルはフィルム上で2度、ブリーフ一丁になっている"と。

1度目は『アダルト♂スクール』(『アニマル・ハウス』のアンサームービーともいえる傑作コメディです)での真夜中のジョギングシーン。そして2度目が今回ご紹介する『タラデガ・ナイト オーバルの狼』です。

『タラデガ・ナイト オーバルの狼』でウィル・フェレル演じるNASCARの天才レーサーリッキー・ボビーは、宿敵ジラールとのデッドヒートの末にコースを外れ、大クラッシュを起こしてしまいます。この事故の結果、リッキーはレーサーとしての岐路に立たされることになるわけですが、この場面でウィル・フェレルはブリーフ一丁となり、その姿を再びフィルム上に焼き付けるのです。

壊滅的なクラッシュから全く外傷を受けることなく(笑)生還したにもかかわらず激しい錯乱をきたしてブリーフ一丁で駆け回わるリッキーの姿を、カメラは静かな移動撮影で、冷徹に延々と追っていきます。
何とか車から脱出するやいなや、わめきながらヘルメットを投げ捨て、レーススーツを脱ぎ、無方向にオーバルトラックを駆け回るウィル・フェレルを捉えたこのシーンは、笑えるというよりはむしろ見る者に異物感さえ感じさせる不気味さをたたえているかのようです。

お世辞にもアスリート的とはいえない緩やかにたるんだ胴体と、画面上で揺れ動くブリーフの白さを見つめながら、私たちはゆっくりと、その居心地の悪さが初めて経験するものではないことを思い出します。
1度目のあのジョギングシーンがそうであったように、それは私たちにとって、アメリカが持つ動物性、あるいは映画が持つ即物性にじかに触れる機会なのかもしれず、この作品の不思議な魅力の一つとなっていることは間違いないでしょう。

もちろん、ブリーフだけが『タラデガ・ナイト オーバルの狼』の魅力ではありません。
レーサーとして頭角を現していくリッキー・ボビーとジョン・C・ライリー演じる同僚キャルとの、スムーズかつ抱腹絶倒のやり取りをテンポよく描いた前半の展開は『グッドフェローズ』や『タッカー』を思わせ、レースシーンの迫力は『デイズ・オブ・サンダー』をしのぐと言っても言い過ぎではないほどです。

全編で繰り広げられるギャグのクオリティに関しては、宿敵であるフランス人レーサーのジラールを演じているのがサシャ・バロン・コーエンであることに触れるだけで十分でしょうか。言うまでもなく彼は、ヒューマニティと品性の限界に挑んだ怪作『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』でボラットを演じた人物です。

中でもジラールとリッキーが出会う場面は出色です。レーナード・スキナードが大音量でかかる、南部テイストに溢れたバーで、チャーリー・パーカーの"暴力的な"調べと共にジラールが登場するこのシーンを見るためだけでも、『タラデガ・ナイト オーバルの狼』を借りる価値ありです!

ところで、スクリーン上で2度ブリーフ姿になっているのは幸運なことに(?)ウィル・フェレルだけではありません。
もう一人は、そう、トム・クルーズですね。
ウィルと違って2度とも上半身にシャツを着てはいましたが。

さて、3度目のブリーフ姿を見せるのはトムとウィルのどちらが先なのでしょうか。
こうして映画の楽しみは尽きることなく続きます...。

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『タラデガ・ナイト オーバルの狼』
出演:ウィル・フェレル、サシャ・バロン・コーエン、ジョン・C・ライリー 他
監督:アダム・マッケイ
脚本:ウィル・フェレル、アダム・マッケイ
製作年:2006年
製作国:アメリカ
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vol.42 『Burn After Reading』 by 藤田彩乃


10月のテーマ:不思議

『No Country for Old Men』でアカデミー賞作品賞を受賞したコーエン兄弟の最新作は、なんとコメディ。クライムの要素を含むブラックコメディです。キャストはびっくりするくらい超豪華。聞いた話では、脚本は当て書きだそうですよ。

アルコール依存症でCIAを解雇されたオズボーンは、自宅で自叙伝を書き始めます。一方、密かにオズボーンとの離婚を考える妻は、オズボーンのコンピューターからCIAの機密データを盗み、資料として弁護士に渡します。しかし弁護士の秘書がうっかりジムにデータが入ったCDを忘れ、それを発見したジムの従業員が悪用してお金儲けを企み...というドタバタストーリーです。

ハイテンションなジム従業員を演じるブラッド・ピットのイケてないこと!一挙手一投足に爆笑です。セリフもとにかくダサくて面白い。会場からは笑い声が絶えず、脇役なのに華を奪っていました。そんな調子でのん気にゲラゲラ笑っていると、いきなり衝撃的なシーンが登場。観客を飽きさせません。

ネタバレしては面白さが半減するので詳しい結末を書くのは避けますが、コーエン兄弟の作品らしく不思議な終わり方をします。さまざまな偶然が重なって、とんでもない事態を巻き起こしていく。そして、くだらない理由のために命が失われ、結局何も解決しない。世界で絶え間なく行われる戦争や事件も、きっとそんなものなのかもしれませんね。

日本公開は未定のようですが、機会があればぜひご覧ください。

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『Burn After Reading』
監督:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
出演:ジョージ・クルーニー、ジョン・マルコビッチ、ブラッド・ピット、
製作年:2008年
製作国:アメリカ
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