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2009年4月 アーカイブ

vol.55 『ミツバチのささやき』 by 桜井徹二


4月のテーマ:花

「無人島に1本だけ映画を持っていくなら?」ともし聞かれたら、『ミツバチのささやき』と答えようと思っている。ほかにも好きな作品はあるけれど、無人島で繰り返し繰り返し見る作品となると選択肢はそれほど多くはない。

『ミツバチのささやき』の舞台はスペイン内戦時代の田舎町。アナという幼い少女は姉のイザベルと一緒に、町にやって来た新作映画を見にいく。真っ暗な映画館で子供たちと肩を並べるアナ。スクリーンには、科学者フランシュタインの手で造り出された怪物の姿が映し出される。

やがて怪物は偶然、1人の少女に出会う。少女は恐ろしい形相をした怪物に近づき、「一緒に遊ぼう」と言って花を渡す。怪物は初めて自分に示された愛情に顔をほころばせる。だが少女と一緒に花を湖に投げて遊ぶうち、怪物は思わず少女を湖に放り込んでしまう。少女の死によって民衆の怒りをかった怪物は、風車小屋に追い込まれ火を放たれる。

アナが見るこの映画『フランシュタイン』(1931年)は、怪奇映画の傑作として名高い作品だ。なかでもこの少女と花で遊ぶシーンは、名シーンの1つに数えられる。

だがその結果訪れる怪物の悲しい運命を目にしたアナは、姉のイザベルに問いかける。「どうしてあの怪物は少女を殺したの? どうしてみんなはあの怪物を殺したの?」。

まだ幼いアナの世界には「内側」と「外側」の境界は存在しない。生と死、空想と現実、恐れと喜びはすべてひとつのものにすぎない。そんなアナはこの2つの死が理解できず、問いを繰り返す。そしてやがてアナは、この映画との出会いから現実と空想の世界に迷い込み、『ミツバチのささやき』は水辺での怪物と少女の邂逅を想起させるシーンで幕を閉じる。

『フランシュタイン』を見た人は、アナの問いかけに対して「所詮は怪物だから」と答えるかもしれない。「怪物は人間には理解しがたい感情で少女を殺し、民衆は自分たちと相容れない存在を排除しようとしただけなのだ」。

だが、その答えでアナは納得するだろうか? もし自分たちとは異なる存在が「怪物」なのだとしたら、偏見のないまなざしで世界を見つめるアナにとって、何が怪物で、何が怪物ではないのだろうか? 怪物に花を手渡し、そして殺された少女の生まれ変わりとも言えるアナは、見る者にこう問いかけてもいるのかもしれない――「誰が怪物なの?」と。

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『ミツバチのささやき』
出演:アナ・トレント、イサベル・テリェリア
監督:ヴィクトル・エリセ
製作年:1973年
製作国:スペイン
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vol.56 『マルタのやさしい刺繍』 by 藤田奈緒


4月のテーマ:花

昔、ある男の子がこんなことを言っていた。
ある女友達の家に行ったら、花瓶に花が活けてあった。それまでその子の
ことを異性として意識したことなんかなかったのに、その花瓶の花を目撃
してからというもの、彼女のことが気になってしょうがない。

このあと2人の間に恋が芽生えたのかどうか... は置いておくとして、
「花」には人の心を動かす、ちょっぴり特別な力があるに違いないと思う。

子どもの頃、ピアノの発表会で花束をもらえば、ウキウキして気分よく
ピアノが弾けたものだし、一人暮らしの家で気分が浮かない夜を過ごした
翌朝、テーブルに何気なく飾っていた一輪の花を見て、ちょっと前向きな
気分になれたなんてことも。ケンカしたガールフレンドのもとに、
ボーイフレンドが大きな花束を抱えていくシーンなんて、よく映画にも
出てくるけど、彼女は彼の両手いっぱいの花を見た瞬間、一気にすべてを
許せてしまうんじゃないだろうか。

『マルタのやさしい刺繍』のマルタは、小さな花の刺繍で人生を変えた。

スイスの小さな村に住む80歳のマルタは、最愛の夫に先立たれたあと
生きる気力を失っていた。毎夜、夫の遺影を胸に抱いてベッドに横たわり
朝が来なきゃいいのにと思いながら朝を迎えてため息をつく日々。

ところがある日、長年忘れていた若かりし頃の夢を思い出した時から
マルタの日常は輝きを取り戻し始める。その夢とは、自分でデザインして
刺繍をした、ランジェリー・ショップをオープンさせること。
保守的な村では、マルタの夢は冷笑され軽蔑されるばかりだったが
一度覚悟を決めたらマルタは強かった! 3人のおばあちゃん友達に支え
られながら、マルタは自分の夢実現のためにコツコツ努力を重ね、物語の
最後には村中の人々に受け入れられる。
これでもかというほど保守的な村で、80歳のおばあちゃんが一番進歩的な
夢を語りそれを叶えるなんて、笑っちゃうぐらいさわやかで鮮やかだ。

ちなみにこのスイス映画、英語タイトルは『Late Bloomers』。
人生の「花」を咲かせるのは、その気にさえなればいつだってできるのさ!
なんてちょっと照れるけど、マルタを見てると、ついつい熱い気持ちに
なってしまう。

今日はいつもより遠回りしてお花屋さんに寄ってしまおう、かな。

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『マルタのやさしい刺繍』
出演:シュテファニー・グラーザー、ハイジ・マリア・グレスナーほか
監督:ベティナ・オベルリ
製作年:2006年
製作国:スイス
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