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vol.55 『ミツバチのささやき』 by 桜井徹二


4月のテーマ:花

「無人島に1本だけ映画を持っていくなら?」ともし聞かれたら、『ミツバチのささやき』と答えようと思っている。ほかにも好きな作品はあるけれど、無人島で繰り返し繰り返し見る作品となると選択肢はそれほど多くはない。

『ミツバチのささやき』の舞台はスペイン内戦時代の田舎町。アナという幼い少女は姉のイザベルと一緒に、町にやって来た新作映画を見にいく。真っ暗な映画館で子供たちと肩を並べるアナ。スクリーンには、科学者フランシュタインの手で造り出された怪物の姿が映し出される。

やがて怪物は偶然、1人の少女に出会う。少女は恐ろしい形相をした怪物に近づき、「一緒に遊ぼう」と言って花を渡す。怪物は初めて自分に示された愛情に顔をほころばせる。だが少女と一緒に花を湖に投げて遊ぶうち、怪物は思わず少女を湖に放り込んでしまう。少女の死によって民衆の怒りをかった怪物は、風車小屋に追い込まれ火を放たれる。

アナが見るこの映画『フランシュタイン』(1931年)は、怪奇映画の傑作として名高い作品だ。なかでもこの少女と花で遊ぶシーンは、名シーンの1つに数えられる。

だがその結果訪れる怪物の悲しい運命を目にしたアナは、姉のイザベルに問いかける。「どうしてあの怪物は少女を殺したの? どうしてみんなはあの怪物を殺したの?」。

まだ幼いアナの世界には「内側」と「外側」の境界は存在しない。生と死、空想と現実、恐れと喜びはすべてひとつのものにすぎない。そんなアナはこの2つの死が理解できず、問いを繰り返す。そしてやがてアナは、この映画との出会いから現実と空想の世界に迷い込み、『ミツバチのささやき』は水辺での怪物と少女の邂逅を想起させるシーンで幕を閉じる。

『フランシュタイン』を見た人は、アナの問いかけに対して「所詮は怪物だから」と答えるかもしれない。「怪物は人間には理解しがたい感情で少女を殺し、民衆は自分たちと相容れない存在を排除しようとしただけなのだ」。

だが、その答えでアナは納得するだろうか? もし自分たちとは異なる存在が「怪物」なのだとしたら、偏見のないまなざしで世界を見つめるアナにとって、何が怪物で、何が怪物ではないのだろうか? 怪物に花を手渡し、そして殺された少女の生まれ変わりとも言えるアナは、見る者にこう問いかけてもいるのかもしれない――「誰が怪物なの?」と。

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『ミツバチのささやき』
出演:アナ・トレント、イサベル・テリェリア
監督:ヴィクトル・エリセ
製作年:1973年
製作国:スペイン
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