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vol.44 『タラデガ・ナイト オーバルの狼』 by 石井清猛


10月のテーマ:不思議

"世界に不思議があるのではなく、世界があることそれ自体が不思議なのだ"と言ったのが誰だったか思い出せないままその言葉をそっくり借用するなら、ブリーフ一丁のウィル・フェレルに不思議があるのではなく、ブリーフ一丁のウィル・フェレルがいることそれ自体が不思議なのだ、ということになるのかもしれません。

『俺たちフィギュアスケーター』の奇跡的な一般公開をきっかけとしてコメディ俳優として日本で待望のブレイクを果たしたウィル・フェレルは、そのアクの強い偏執妄想症的演技と突出した原始的相貌によって長く私たちの記憶にとどまるであろう現代屈指の喜劇俳優です。

コメディアン/俳優としてだけでなく、優秀なプロデューサー/脚本家としても知られるウィル・フェレルのフィルモグラフィーをたどる時、ひとまず私たちはその役柄や作品ジャンルの多様性に圧倒されるのですが、やがて一つの小さな、しかし見逃しようのない符合に思い当たるでしょう。
"ウィル・フェレルはフィルム上で2度、ブリーフ一丁になっている"と。

1度目は『アダルト♂スクール』(『アニマル・ハウス』のアンサームービーともいえる傑作コメディです)での真夜中のジョギングシーン。そして2度目が今回ご紹介する『タラデガ・ナイト オーバルの狼』です。

『タラデガ・ナイト オーバルの狼』でウィル・フェレル演じるNASCARの天才レーサーリッキー・ボビーは、宿敵ジラールとのデッドヒートの末にコースを外れ、大クラッシュを起こしてしまいます。この事故の結果、リッキーはレーサーとしての岐路に立たされることになるわけですが、この場面でウィル・フェレルはブリーフ一丁となり、その姿を再びフィルム上に焼き付けるのです。

壊滅的なクラッシュから全く外傷を受けることなく(笑)生還したにもかかわらず激しい錯乱をきたしてブリーフ一丁で駆け回わるリッキーの姿を、カメラは静かな移動撮影で、冷徹に延々と追っていきます。
何とか車から脱出するやいなや、わめきながらヘルメットを投げ捨て、レーススーツを脱ぎ、無方向にオーバルトラックを駆け回るウィル・フェレルを捉えたこのシーンは、笑えるというよりはむしろ見る者に異物感さえ感じさせる不気味さをたたえているかのようです。

お世辞にもアスリート的とはいえない緩やかにたるんだ胴体と、画面上で揺れ動くブリーフの白さを見つめながら、私たちはゆっくりと、その居心地の悪さが初めて経験するものではないことを思い出します。
1度目のあのジョギングシーンがそうであったように、それは私たちにとって、アメリカが持つ動物性、あるいは映画が持つ即物性にじかに触れる機会なのかもしれず、この作品の不思議な魅力の一つとなっていることは間違いないでしょう。

もちろん、ブリーフだけが『タラデガ・ナイト オーバルの狼』の魅力ではありません。
レーサーとして頭角を現していくリッキー・ボビーとジョン・C・ライリー演じる同僚キャルとの、スムーズかつ抱腹絶倒のやり取りをテンポよく描いた前半の展開は『グッドフェローズ』や『タッカー』を思わせ、レースシーンの迫力は『デイズ・オブ・サンダー』をしのぐと言っても言い過ぎではないほどです。

全編で繰り広げられるギャグのクオリティに関しては、宿敵であるフランス人レーサーのジラールを演じているのがサシャ・バロン・コーエンであることに触れるだけで十分でしょうか。言うまでもなく彼は、ヒューマニティと品性の限界に挑んだ怪作『ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習』でボラットを演じた人物です。

中でもジラールとリッキーが出会う場面は出色です。レーナード・スキナードが大音量でかかる、南部テイストに溢れたバーで、チャーリー・パーカーの"暴力的な"調べと共にジラールが登場するこのシーンを見るためだけでも、『タラデガ・ナイト オーバルの狼』を借りる価値ありです!

ところで、スクリーン上で2度ブリーフ姿になっているのは幸運なことに(?)ウィル・フェレルだけではありません。
もう一人は、そう、トム・クルーズですね。
ウィルと違って2度とも上半身にシャツを着てはいましたが。

さて、3度目のブリーフ姿を見せるのはトムとウィルのどちらが先なのでしょうか。
こうして映画の楽しみは尽きることなく続きます...。

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『タラデガ・ナイト オーバルの狼』
出演:ウィル・フェレル、サシャ・バロン・コーエン、ジョン・C・ライリー 他
監督:アダム・マッケイ
脚本:ウィル・フェレル、アダム・マッケイ
製作年:2006年
製作国:アメリカ
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