気ままに映画評

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『キッチン・ストーリー』

難儀な人々と仲良くなるヒント by 小野 暢子

シャイで口下手な人間は、けっこう人生に難儀する。自分の気持ちを伝えるのが難しい。ときには誤解も受けたりする。面接には通らないし、結婚だってままならない。その上、モヤモヤした気持ちをどうにかして表わそうと、ついひねくれた子どものような行動を取ってしまったりするのだ。

ノルウェー映画「キッチン・ストーリー」には、そんな人生を過ごしてきたであろう一人の老人が出てくる。素朴で無口な田舎者。典型的なノルウェー人の性格だ。時は1950年代、その老人は、隣国スウェーデンの研究所が大々的に実施する"独身男性の台所での行動をデータ化し、近代的なキッチンの開発に生かす"という、妙なマーケティング調査の被験者に応募した。協力者には'馬'が与えられるという宣伝に惹かれたのだ。しかし、馬は馬でも実はただの置物。おかげで老人は、スウェーデンから派遣された中年男性の調査員に対してすっかりへそを曲げてしまう。無口な人間がへそを曲げると、周りの人間まで難儀させられる。普通の頑固な老人なら「気にくわん!帰れ!」と一喝でもしようものだが、老人はひたすら黙してドアを開けない。調査員がどうにか家に入ってからも、無視して意地悪する。無言の抵抗...。一方、調査員の方は「被験者と話をしてはならない。関係を持ってはならない。そこに存在していることを主張してはならない」という鉄則があるから、キッチンの片隅でメモを取りつつ、ひたすら耐えるのみ。映画の前半は、二人の無言の攻防が見所だ。

その'無言劇'が素晴らしい。台詞に頼らないイジワルとイタズラ、それでいてユーモアに満ちた演出に脱帽! 自ら脚本を手掛けたベント・ハーメル監督は、たぶん意地のワルいヤツだ。調査員を一人残して部屋を出る時に電気をパチリと消してしまうシーンなど、自分がもしされたらかなりイヤ~な気分になりそうな嫌がらせの連続だ。
しかし、ノルウェーの名優、ヨアキム・カルメイヤーが演ずる老人からは、茶目っ気が滲み出ていて、どうにも憎めない。チョコレートを美味しそうに食べるところを見せつけてのぞかせる満足気な表情は、「あんた、小学生か!」と突っ込みを入れたくなるほど。大爆笑というのとは違うが、ニヤリとさせてくれる。
嫌がらせを繰り返しても、観る者に不快感を与えないのは、茶目っ気のせいだけではない。老人がほんとは調査員のことを嫌いではないということが、ジワっと伝わってくるからだ。「本当は仲良くなりたいんだよ。でも、体は八つ当りしちゃうんだ」―
―口下手な人にとって、初対面の人と打ち解けるまでの道のりは、なんと難儀なことだろう。まあ、遠回りはしたが、二人のおじさんは少しずつ仲良くなっていく。果たして、そんな二人に何が起こるか?昨今の昼メロにも負けない厄介な展開に、どうにもハラハラさせられる。

もし、身近に'嫌がらせをする無口な人'がいたら、すぐに見限らないでじっくり観察してみよう。ひょっとするとその人は、あなたと仲良くなりたい気持ちに、自分でも気づいていないだけなのかもしれない。難儀だけど憎みきれないどこにでもいる人々、彼らと仲良くなるヒントは「キッチン・ストーリー」の中にある。

※東京では6・7月に単館上映された作品。DVD発売を待て!


小野暢子 Nobuko Ono
日本映像翻訳アカデミー 基礎コース修了生。
現在は派遣社員。近い将来、実践コースに進学意向。
一介の映画好き。ライバル:おすぎ