今週の1本

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2009年7月 アーカイブ

vol.61 『ウィスキー』 by 杉田洋子


7月のテーマ:酒

恐らく私が最初に口にしたアルコールは、父の飲み挿しのバーボンである。グラスに注がれるたびに氷をきしませる琥珀色の液体...。冷たい氷と、そこへ浸透するアツいウィスキーの調べに、幼い舌もついうっとりしたことを覚えている。二十年の時を経た今、おいしいスコッチとの出会いからこの原体験が蘇り、個人的にウィスキーブームが到来している。

今回ご紹介したい映画のタイトルは、その名もまさしく「ウィスキー」。2005年の東京国際映画祭でグランプリを受賞した、日本で見られる数少ない南米ウルグアイの作品である。

主人公は、ウルグアイでしがない靴下工場を営む老年のハコボ。古い機械と壊れたブラインドに囲まれた、従業員3人のつつましい工場だ。
ハコボは毎朝、カフェテリア(といっても洒落たものではなく、庶民派の軽食処)に寄って簡単な朝食を済ませ、工場に向かう。工場の前では毎朝、年配の女性従業員マルタが待っている。

"おはよう"

"おはようございます"

無口な2人は、仕事以外にほとんど会話を交わすこともない。マルタはときどきタバコをふかして一服し、ハコボはなかなかエンジンのかからないポンコツ車に乗って帰る。そうやって、毎日同じように1日が始まり、同じように1日が終わってゆく。

あるとき、死んだ母親の墓を建てようと思い立ったハコボは、ブラジルで同じく靴下工場を営む弟のエルナンを呼び寄せる。事業も好調で妻子持ちの弟に少しでも良い格好をしたくて、ハコボはマルタに妻のふりをしてくれと頼む。マルタはこの依頼に承諾し、まんざらでもない様子でハコボの家の掃除をはじめるのだった。

さらなる演出をしようと考えた2人は、おしゃれをしてダミーの夫婦写真を撮りに行く。この時出てくる言葉が、"ウィスキー"だ。日本で言う"はい、チーズ"に当たる。"イー"の口は笑顔になるから。ぎこちない2人の笑顔はたまらなくいとおしい。

一方で、この夫婦ごっこのきっかけとなったハコボと弟エルナンとの関係性も1つの軸になっている。エルナンには、親の介護を任せきりにしたというハコボへの負い目がある。ハコボには、自由奔放で成功者である弟に対し、どうしても卑屈になってしまうところがある。マルタを妻役に立てたのは精一杯の見栄だ。でも、兄弟はちゃんと愛し合ってる。ハコボが少し、素直になりきれないだけ。

そこかしこに登場するラテンアメリカらしい慎ましさも見所の1つ。
ハコボの取る朝食。カフェ・コン・レチェ(カフェラテ)やマテ茶。電気を律儀に消す様。
ブラインドが壊れても修理は来ず、車のエンジンは一度でかからず。トイレにはペーパーを持参し、チップを払わぬマルタ。たばこはつぶさず、繰り返し吸う。
小さなことを大切に、毎日同じことを律儀に繰り返す暮らしぶりは私たちの祖父母を思わせる。とても美しいと思う。

全体的にセリフは少なく、明示しない部分が多いけれど、シンプルで分かりやすく描かれている。とても穏やかで優しい気持ちになれる、思い当たる節がある、そんな映画。

質素であることの美しさ、ウルグアイという国の長短を理解しているからこそ、人間の芯を鋭く描き出せるのだろう。自国を客観的に捕らえた、当時30歳という若き監督コンビに乾杯。

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『ウィスキー』
出演:アンドレス・パソス、ミレージャ・パスクアル
監督:フアン・パブロ・レベージャ&パブロ・ストール
製作年:2004年
製作国:ウルグアイ=アルゼンチン=独=スペイン
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vol.62 『恋はデジャ・ブ』 by 潮地愛子


7月のテーマ:酒

『恋はデジャ・ブ』という作品をご存知だろうか。興行収入はふるわなかったようだが、隠れた名作と言われるビル・マーレイ主演のロマンティックコメディだ。
テレビの気象予報士フィルは、毎年2月2日に行われる春の訪れを占う聖燭節を取材するため、ある町を訪れる。彼はその晩を取材で訪れた町で過ごすことになるのだが、朝目覚めると、その日もなんと2月2日だった。時間のラビリンスに入りこんでしまったフィルは、何度も何度も同じ日を繰り返すことになる。

そもそもフィルは高慢ちきでイヤな男なのだが、何度も何度も同じ日を繰り返しているうちに善良な人間へと変わっていく。もちろん、その間には自暴自棄になってハチャメチャなことをしてみたり、ハデな自殺を試みたりする。だが、どうにもならないと人はそういう境地に達するものなのか分からないが、フィルは次第に丸くなり、人に優しくなっていく・・・。

で、どうしてこの作品を「酒」がテーマの今回に選んだのか。
初めて『恋はデジャ・ブ』を見たのは大学生の時だったのだが、ある酒場のシーンがとても印象深かったからだ。

フィルのとなりで酒を飲んでいる2人の男の片方が言う。
「人の幸せは考え方で決まる。ビールを飲んでいてふと気づいたとき、まだ半分も残っていると思うか、もうこれしか残ってないと思うか。」
胸がズキュンと痛んだ。確実に私も、「もう、これしか残ってない」と考えるタイプだったからだ。以来、『恋はデジャ・ブ』のこのシーンは、私の心の中に刻まれた。

だが、人の記憶とはいい加減なもので、今回久々にこの映画を観たら、「人の幸せは考え方で決まる」なんていうセリフはなかったし、たぶん今の私が初めて見たとしたらスルーしてしまうようななんてことのない場面だった。映画は出会いだとはよくいうが、その時の状況や心情といったものに感じ方が大きく左右されるんだなと改めて感じた。「人の幸せは、考え方で決まる」なんて勝手なセリフをつくりあげていた二十歳の頃の自分が、なんだかかわいく思えて笑ってしまった。あの頃はあの頃で、私なりにがんばっていたなあと。

年月を経ても「まだ、半分も残ってる!」的発想を確実にモノにはできていないが、「ビールがなくなっちゃったら、もう一杯頼めばいいや」ぐらいの気楽さはでてきたかもしれない。皆さん、くれぐれも飲みすぎには注意しましょう。

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『恋はデジャ・ブ』
出演:ビル・マーレイ、アンディ・マクダウェル ほか
監督:ハロルド・ライミス
製作年:1993年
製作国:アメリカ
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vol.63 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』 by 浅野一郎


7月のテーマ:酒

禁酒法が敷かれていた1920年代のアメリカ・ニューヨークを舞台としたギャング映画である。僕がこの映画を観たのは、中学生になりたての時だったと思う。夜、父親に銀座に連れていかれ、あまり人気のない映画館で観た記憶がある。どう考えても、中学生が観ていい映画ではないのだが、当時はR指定などない時代。3時間以上のこのギャング映画を観た後、色々な意味で大人になった気分を味わったものだ。

出演はロバート・デ・ニーロ、ジェームズ・ウッズ、ジョー・ペシ、バート・ヤング、そしてまだ幼さの残るジェニファー・コネリー等々。物語は、若いユダヤ系移民の少年が裏の世界で成り上がり、そして転落していく様を描いた一大サーガだ。

ヌードルス(デ・ニーロ)、マックス(ウッズ)、パッツィー、コックアイ、ドミニク、モーの6人組は禁酒法の施工を逆手にとって、ヤミ酒で大いに稼ぐが、禁酒法時代がついに終焉を迎えたことによって、彼らもビジネスのやり方を変えざるを得なくなる。
大ボスの下について立場を固めようとするマックスと、小金があれば、それで満足というヌードルスの対立は次第に深まり、遂に悲劇的な最期を迎える...。

この映画で胸に残った場面が2つある。

1つ目はもっとも有名なシーンかもしれないが、仕事の成功に浮き足立つヌードルスたちがマンハッタン橋を背景にして闊歩するシーン。コックアイの吹くバンパイプの音がとても印象的なのだが、その直後に地元のギャングに襲われ、一番年少のドミニクが刺殺されてしまうシーンの「Noodles, I slipped...」というセリフが今でも耳から離れない。
ちなみに、このマンハッタン橋のシーンは、『インデペンデンス・デイ』での、ビル・プルマン扮する大統領のスピーチシーンに次ぐ映画史に残る名シーンではないかと思う。

2つ目は、ケーキ1つで体を許してしまうマギーの家に、パッツィーがケーキを持っていくところ。パッツィーは、そわそわしながらマギーが出てくるのを待っているのだが、チンピラといえども子供は子供。"色気より食い気"とばかりに、マギーが出てくるのを待てずケーキを平らげてしまう。ここのバックで流れているエンニオ・モリコーネの切ない曲がシーンを盛り上げている。

僕はふた月に1度くらいのペースでこの映画を観るのだが、この2シーンだけはチャプターを戻してもう一度観てしまう。映像と音楽の相乗効果が抜群で、何度観ても涙がこぼれるシーンだ。この歴史的名作をまだ観ていないという方は、今週末にでも早速観てほしい。

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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』
出演:ロバート・デ・ニーロ、ジェームズ・ウッズ ほか
監督:セルジオ・レオーネ
製作年:1984年
製作国:アメリカ
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