今週の1本

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2010年1月 アーカイブ

vol.74  『天空の城ラピュタ』 by 潮地 愛子


1月のテーマ:「未知」

先日、「未知」をテーマに原稿を書かなければならないが、まったく作品が思い浮かばないと話したところから映画の話になり、流れで『天空の城 ラピュタ』を見たことがないと告白したら、ある人に「あれ見てないなんて、信じられへん」と言われた。確かに、宮崎作品の中で一番好きという人も多いのは知っているのだが、『耳をすませば』(宮崎作品ではないけど)を大絶賛する友人から借りて見始めたものの、「雫、恋してるのね!」というセリフのところで恥ずかしくなってしまい見続けることができなかったという経験があるので、それ以来この手の作品はちょっと避けていたのだ。予備知識はほとんどなく、城が飛ぶんだろうぐらいの想像しかつかない。だが考えてみれば、そんな『天空の城ラピュタ』は私にとっての未知なる名作とも言えるではないか!ということで、早速、帰り道にレンタルして見たのが、この作品との出会いになった。

舞台は、19世紀後半の産業革命期のヨーロッパをモチーフにした架空の世界。両親をなくしてひとりぼっちの少年バズーは、ある日、空から落ちてきた少女シータを助ける。彼女は「飛行石」という不思議な石を持っていることから国防軍や海賊に追われていた。彼女を放っておけないバズーは戦いと冒険に巻き込まれていく。
海賊のドーラ一家から逃れようとするシーンはコミカルさとスピード感があり、機関車もいい味を出していて冒頭から楽しめた。でも、まだちょっとナナメにかまえている自分がいて、「こういうタイプの女に引かれるわけよね、男は」なんて思いながら見ていた。シータは出来るオンナだ。まず、謎めいている。そして、廃坑のシーンで本領発揮。目玉焼きののったパンを渡されると、「うれしい、おなかペコペコだったの!」と素直に喜んでみせる。そして、あとりんごが1個にあめ玉が2つあるよ、とバズーが言うと「わあ~、バズーのカバンて魔法のカバンみたいね。何でも出てくるもの」と、ほめる。これ大事である。そして、「私、父も母も死んじゃったけど、家と畑は残してくれたので、何とか一人でやっていたの」と健気で自立したオンナをアピール。そのへんの女性向け雑誌やマニュアル本に書いてありそうな「男心をつかむ」ポイントをしっかり押さえている。はい完敗です、さすがヒロインだねえなんて余裕をかましていたのに、このすぐあとのバズーのセリフにやられてしまった。自分のせいでひどい目にあわせてごめんねと謝るシータに彼が言うのだ。「ううん、君が空から降りてきたとき、ドキドキしたんだ。きっと、素敵なことが始まったんだって。」
親もなくひとりぼっちの日々にあんな出来事が起こるなんて、予測もしなかっただろう。だけどその出来事に直面して、素直に、これからのこと期待に胸をふくらませている彼に感動してしまった。彼はいわば「未知」のことに希望を持っている。そう考えたら「未知」がとてもステキなことに思えてきた。いつ何が起こるかわからない。でもそこに、不安や恐れではなく希望を持てたら、この瞬間でさえも楽しく思えてくるような気がしたのだ。

バズーのセリフにナナメの姿勢を正されてから90分、この作品を堪能した。燃え盛る塔からバズーがシータを救い出すシーンは、『タイタニック』の誰もが真似したあのシーンよりもある意味ロマンチックで心を持っていかれた。この作品の中で一番好きなシーンだ。そして、気に入ったセリフがもう1つ。ラストでシータが言うのだ。「土に根をおろし、風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春をうたおう。」自然との共存というのは、私が見たいくつかの宮崎作品の中でも1つのテーマとなっているように思えるが、2009年の私のテーマが「アウトドア」で、海に行ったり山に行ったりして自然を感じることが多かったからか心に響いた。うまく言えないのだが、なんていうか「わかる。結局さ、それって人間が生きるうえでの基本だよね」みたいな気持ちになった。
そして、その気持ちのまま、「未知」に期待を膨らませて私は旅立とうと思う。この原稿がアップされる頃、私は沖縄にいる予定だ。なぜって?フッ、風を感じるためさ。
そんなわけで、ハワイのホノルルセンチュリーライドに続いて美ら島オキナワセンチュリーランに行ってきます。そのお話はまたどこかで...。

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『天空の城ラピュタ』

監督:宮崎駿
制作年:1986年
制作国:日本
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vol.75 『やわらかい手』 by 藤田奈緒


1月のテーマ:未知

壁に開いた穴をじっと見つめる1人の中年主婦。
しばらくすると意を決したのか、少し困った表情を浮かべながらも、彼女は目の前の小さな穴にぐっと手を差し込んだ。その先に待ち受ける"未知"の何かをつかむために。

言ってみれば人生なんて未知の連続だ。毎日同じことの繰り返しでつまらないだなんて、ともすると口にしがちだけど、実際のところ、まったく同じ毎日なんてないのだろうと思う。大抵は知らず知らずのうちに経験している"未知"なことに気づいていないだけ、もしくは知らない世界に飛び込むのが億劫で敢えて避けて回っているだけか。
いずれにせよ、選択することが許される立場にある人はラッキーだ。タリーズでいつも決まって頼むカフェラテの代わりに、たまたま目についた新発売のスワークルを注文してもよし、悩んだあげくやっぱりいつものカフェラテに落ち着いてもよし。何をするのだって自由、選ぶのは自分なのだ。

でも、もしその自由がなかったらどうだろう? あるいは引き返す道がなかったら?

ロンドン郊外で独り暮らす未亡人マギーには難病に苦しむ孫がいた。孫オリーの手術費用を工面するため奔走する日々を送るマギー。もはや自宅も手放し借金もできず、途方に暮れていたある日、彼女の目に「接客係募集・高給」の求人広告が飛び込んでくる。もちろん悩む間もなく面接に向かう。しかしただのウェイトレスの仕事だと思い込んでいた"接客"の内容は予想外のものだった。なんと壁に開いた穴ごしに手を使って男性客のお相手をする仕事だったのだ。

田舎育ちのマギーにとって文字どおり"未知"の世界である。さて、マギーはどうしたのか?

一度は怖気づいて逃げ帰ったマギーだったが、彼女に戻る場所はなかった。覚悟を決めて見知らぬ世界に飛び込んでみると、彼女自身も気づいていなかったその道の才能が花開き、瞬く間にマギーは店一番の売れっ子になっていく。もちろんその過程では、同僚とのいざこざやら、地元の友人たちとの友情がこじれるなど、さまざまな試練が降りかかってくるのだが、マギーは強靭な精神力をもってすべてを乗り越えていく。自分を犠牲にしてでも孫を救いたい一心で。

マギーには選択の自由はなかった。愛する孫のため、勇気を振り絞って"未知"の世界へ足を踏み入れた。その結果、彼女は何を手にしたのか。もちろんお金、他人に必要とされることによって生まれた自信、そして予想外にも新しい愛。母は強しとはよく言うが、祖母も相当強い。大切な誰かのために犠牲を払ってまでも愛を与えることのできる人は、当然誰かから同じだけの愛を注がれるのだ。

「手相には、あなたが過去にしてきた悪事がすべて浮き彫りになっている。過去に誰かを傷つけたら、必ずそれは巡り巡ってあなたに返ってくる」
ほろ酔い気分のある夜、神楽坂にいた黄色い服を着た占い師が私と友人に向かって放った言葉が、なぜか急に思い出された。

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『やわらかい手』
出演:マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロヴィッチ
監督:サム・ガルバルスキ
製作年:2007年
製作国:ベルギー/ルクセンブルク/イギリス/ドイツ/フランス
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