今週の1本

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vol.75 『やわらかい手』 by 藤田奈緒


1月のテーマ:未知

壁に開いた穴をじっと見つめる1人の中年主婦。
しばらくすると意を決したのか、少し困った表情を浮かべながらも、彼女は目の前の小さな穴にぐっと手を差し込んだ。その先に待ち受ける"未知"の何かをつかむために。

言ってみれば人生なんて未知の連続だ。毎日同じことの繰り返しでつまらないだなんて、ともすると口にしがちだけど、実際のところ、まったく同じ毎日なんてないのだろうと思う。大抵は知らず知らずのうちに経験している"未知"なことに気づいていないだけ、もしくは知らない世界に飛び込むのが億劫で敢えて避けて回っているだけか。
いずれにせよ、選択することが許される立場にある人はラッキーだ。タリーズでいつも決まって頼むカフェラテの代わりに、たまたま目についた新発売のスワークルを注文してもよし、悩んだあげくやっぱりいつものカフェラテに落ち着いてもよし。何をするのだって自由、選ぶのは自分なのだ。

でも、もしその自由がなかったらどうだろう? あるいは引き返す道がなかったら?

ロンドン郊外で独り暮らす未亡人マギーには難病に苦しむ孫がいた。孫オリーの手術費用を工面するため奔走する日々を送るマギー。もはや自宅も手放し借金もできず、途方に暮れていたある日、彼女の目に「接客係募集・高給」の求人広告が飛び込んでくる。もちろん悩む間もなく面接に向かう。しかしただのウェイトレスの仕事だと思い込んでいた"接客"の内容は予想外のものだった。なんと壁に開いた穴ごしに手を使って男性客のお相手をする仕事だったのだ。

田舎育ちのマギーにとって文字どおり"未知"の世界である。さて、マギーはどうしたのか?

一度は怖気づいて逃げ帰ったマギーだったが、彼女に戻る場所はなかった。覚悟を決めて見知らぬ世界に飛び込んでみると、彼女自身も気づいていなかったその道の才能が花開き、瞬く間にマギーは店一番の売れっ子になっていく。もちろんその過程では、同僚とのいざこざやら、地元の友人たちとの友情がこじれるなど、さまざまな試練が降りかかってくるのだが、マギーは強靭な精神力をもってすべてを乗り越えていく。自分を犠牲にしてでも孫を救いたい一心で。

マギーには選択の自由はなかった。愛する孫のため、勇気を振り絞って"未知"の世界へ足を踏み入れた。その結果、彼女は何を手にしたのか。もちろんお金、他人に必要とされることによって生まれた自信、そして予想外にも新しい愛。母は強しとはよく言うが、祖母も相当強い。大切な誰かのために犠牲を払ってまでも愛を与えることのできる人は、当然誰かから同じだけの愛を注がれるのだ。

「手相には、あなたが過去にしてきた悪事がすべて浮き彫りになっている。過去に誰かを傷つけたら、必ずそれは巡り巡ってあなたに返ってくる」
ほろ酔い気分のある夜、神楽坂にいた黄色い服を着た占い師が私と友人に向かって放った言葉が、なぜか急に思い出された。

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『やわらかい手』
出演:マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロヴィッチ
監督:サム・ガルバルスキ
製作年:2007年
製作国:ベルギー/ルクセンブルク/イギリス/ドイツ/フランス
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