気ままに映画評

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2011年11月 アーカイブ

『トーキョードリフター』 トークショー潜入レポート&映画レビュー

                                                  
2011年5月、過ぎ去った東京の姿。
『トーキョードリフター』

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第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞した『ライブテープ』を制作した松江哲明監督と主演の前野健太のコンビが帰って来た。今回、2人が引っ提げてきた作品は『トーキョードリフター』。3月11日の東日本大震災から2ヵ月たった後の「ネオンの消えた東京」をテーマにした作品だ。
この映画を今年の10月22日(土)~10月30日にかけて行われた第24回東京国際映画祭の上映会に日本映像翻訳アカデミーの修了生が潜入。
映画を観ての感想をここでレビューする。

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                                                text by好中由起恵

トーキョドリフタ.jpg3月11日の東日本大震災から7ヵ月が過ぎた。その爪跡はまだ残るものの、東京や関東近辺の人々の多くは日常を取り戻しつつある。しかし、震災直後はこうではなかった。きっと皆さんも覚えているだろう、ネオンが消えて暗くなった東京の街を。

『トーキョードリフター』で描かれているのは、まさにその「傷ついた東京の姿」だ。震災から約2ヵ月がたった5月の東京の街で、陽が落ちてから昇るまでの約10時間、アーティストの前野健太がバイクで移動を続けながら歌い歩く。そんな前野さんの姿を追い72分間の映像にまとめ上げたドキュメンタリーだ。ただし、そこにセリフは一切ない。あるのは前野さんの歌と傷ついた東京の姿。その2つだけだ。

なぜ、「傷ついた東京」と「前野さん」なのか。一見ミスマッチに思えるこの2つを組み合わせた監督の意図は何なのだろうか。前野さんが歌う歌詞も震災そのものとは関係なく、"この街が好き"とか"おっさんの夢"とか"ファックミー"とか、どれも前野さんがいつも歌っている歌だ。このミスマッチの第一印象にも関わらず、私は最初から最後まで飽きることなく画面に見入ってしまった。そして不思議なことに、観終わった後にとても温かい気持ちに包まれた。一体、なぜなのだろうか。最初は分からなかったその理由が、上映後に行われた前野さんの挨拶で明らかになった。

映画の上映後の挨拶で、主演の前野さんはこう語ったのだ。

「撮影中は、きっと面白い映画になるだろうという予感はあったものの、正直言って具合も悪かったし、やりたくないという気持ちが強かった。雨でずぶ濡れになるし、すごくつらかったから。こんなことをやらせる、松江さんはなんてひどい人なんだと思っていたくらいです。でも、さっき映画を観ていたらやっぱりよかったんだなぁ、と思って思わず隣にいる松江さんに握手をしてしまいました(笑)。きっと、このスタッフ陣以外だとこんないい作品にならなかったと思うし、僕はこのメンバーじゃなければ映画には出なかったと思います」

前野さんがメンバーと呼ぶのは総勢7名のスタッフだ。共に「ライブテープ」を作り上げお互いに厚い信頼関係で結ばれた7人。恐らく私は、この7人の「絆」を映画の世界観の中に感じたのだろう。特にドラマのようなストーリー性のないドキュメンタリー作品においては、カメラを回す人間の息遣いや現場の空気感までもがもろに伝わってくる時がある。ましてや、セリフが1つもない『トーキョードリフター』では、言語を超えて心や体で感じ取れるものしか存在しない。そして私はそこに、「信頼のおける人同士の強い結びつき」を感じ取ったのだ。

震災後、多くの人が考えさせられたのは「人生における優先順位」だろう。あらゆるものを失った時、人にとって一番大事なものが見える。もちろん、この優先順位は人それぞれでいい。でも、震災後に私が人生で一番大事にしたいと思ったのは「家族や、身近にいる大切な人との繋がり」だった。それだけに、「信頼のおける仲間たちの絆」が垣間見える本作を観て、とても温かい気持ちに包まれたのだろう。

「信頼のおける仲間同士の絆」が描かれた『トーキョードリフター』は、12月10日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開となる。震災発生時からしばらく時間が経って記憶が薄れつつある今こそ、ぜひ観てほしい映画だ。


『トーキョードリフター』の公式HPはコチラ
http://tokyo-drifter.com/


東京国際映画祭の公式HPはコチラ
http://2011.tiff-jp.net/ja/

挫折した異端者の抵抗が
やがて大きな変化を起こす映画『マネーボール』

                                               Text by 鈴木純一    

マネーボール01.jpg『マネーボール』というタイトルから「ビジネスと野球を結びつけた映画なの?野球も詳しくないし、『もし高校野球のマネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』も読んでないし」と思った人、安心してください!ビジネスに疎くても『もしドラ』を読んでなくても『マネーボール』は楽しめます。

主人公のビリー・ビーン(ブラッド・ピット)は野球チーム、アスレチックスのゼネラルマネージャーを務めている。ところが、アスレチックスは予算が少ないため、成績が良い選手を雇いたくても、お金を持っているチームに高いお金で先に契約されてしまう。そこで「お金の無いチームでも勝てるチームを作る」ために彼が考えたのが「マネーボール理論」だ。これは、ホームランを打てる年俸の高い選手を雇う代わりに、年俸は高くないが出走率の高い選手をスカウトするというもの。そして過去の打率などの詳細な数字上のデータを基に選手をトレードして強固なチームに変えていく、という理論だ。
イエール大学卒業のピーター(ジョナ・ヒル)をアシスタントにし、「マネーボール理論」を元に次々とチーム改革を行っていくビリー。誰の目から見ても無謀な彼の戦略は「数字や理論だけで野球に勝てるものか!」とチームのスタッフや監督から反発を買うが、そんな中アスレチックスに少しずつ変化が起こってくる...。

ビリーはかつて将来を約束され、大金でメジャーリーグにスカウトされた選手だった。しかし周囲から期待される重圧に勝てず、好成績を残せずに挫折してしまう。過去の経験から「大切なことはお金で判断しない」を自分に課してチームを育てるビリーを、ブラッド・ピットが好演している。


マネーボール02.jpg『マネーボール』は実話を基にした映画。脚本を手がけたのは『ソーシャル・ネットワーク』のアーロン・ソーキンと、『シンドラーのリスト』のスティーヴ・ザイリアン。どちらも実在の人物を主人公にした映画だ。そして本作の監督ベネット・ミラーも『カポーティ』で実在の作家トゥルーマン・カポーティを描いていた。3人の共通点は、実在の人物を描くことに長けていることだ。『カポーティ』でアカデミー主演男優賞を受賞したフィリップ・シーモア・ホフマンが『マネーボール』ではアスレチックスの監督役で登場している。せっかくアカデミー賞俳優を出演させているのに、彼は常に腕を組んで唸っている役なので、もったいない感じもするが。

『マネーボール』は、挫折した異端者が独自のアイディアを持ってメジャーリーグ界に大きな変化をもたらす人間ドラマとして、野球が詳しくなくても見応えのある作品となっている。ビリーが行ったチーム改革の結果はどうなったのか?その結末は映画館で観てください。