
日本の映像、アニメ、ゲーム、出版、音楽などのコンテンツは、現在海外でも高く評価されており、2024年の日本のコンテンツ7分野(映画・テレビ番組・アニメ・家庭用ゲーム・スマホ/PCゲーム・出版)の海外売上合計は約4%拡大し6兆円を超えました(民間調査より)。日本政府も「2033年までに20兆円」という目標を掲げ、この流れを後押ししています。
動画配信プラットフォームを開けば、多くの作品で字幕・吹き替えを選択でき、対応言語も実に様々です。日本の映像作品も、英語だけでなく韓国語・中国語・フランス語・スペイン語・タイ語など、世界各国の言語で楽しまれる時代となっています。
ひとつの映像作品が多様な言語に翻訳されて世界に届く――もはや当たり前のようになっていますが、そのプロセスの背景をご存じでしょうか。
映像作品の海外展開といえば「字幕」や「吹き替え」が思い浮かぶでしょう。それに付随し、近年の多言語化の急増に伴い、特に「日英映像翻訳」の分野で急速にニーズが高まっている仕事があります。それが「PLDL(Pivot Language Dialogue List)」、通称「ピボット翻訳」です。(以下、本記事では「PLDL」)
近年急増している「PLDL(Pivot Language Dialogue List)」とは?
「PLDL(Pivot Language Dialogue List)」とは、ある言語の作品に対して中間言語(主に英語)を介することで、より多くの言語へと翻訳を広げる手法です。たとえば、日本語の作品を一度英語に翻訳し(中間言語)、その英語原稿をベースにしてフランス語やスペイン語、タイ語など世界各国の言語へ翻訳できるようにするのです。
JVTAでは日本のアニメ・ドラマ・映画・バラエティー番組等で、このPLDLの依頼が急増。JVTAを修了した多くの日英映像翻訳者が、スキルを活かしてPLDLで活躍しています。映像作品は翻訳者が制作したPLDL原稿を基に各国の言語に翻訳され、世界へと届けられているのです。
ただの英語訳ではない!「PLDL」に必要な作業とは?
「日本語の作品を英語に翻訳する」といっても、PLDLはただセリフを英語にすれば終わりというわけではありません。PLDLは、「日本の文化や風習を十分に理解できていなくても各国の映像翻訳者が翻訳できるように、作品の背景・セリフのニュアンス・日本ならではのジョークやメタファーなども英語で解説翻訳すること」を目的としています。
JVTAでPLDL案件を多く手掛ける畑井瑞希映像翻訳ディレクターは、PLDLについて次のように説明します。
「PLDLは各国の翻訳者が自分たちの言語で翻訳する際に参考にするためのものです。そのため字幕のような字数制限や、吹き替えのような尺合わせは不要で、できるだけ原語に忠実に訳すことが求められます。最低限英語の自然さは保ちつつも、セリフの内容・情報は過不足なく翻訳します。それに加えて、日本語が全く分からない他国の翻訳者のために、セリフの話者名・キャラクターのリアクションや息づかいなどもすべて原稿に記載します。さらにPLDL特有の作業として、『アノテーション』の作成があります」(畑井ディレクター)
日本の社会・文化・「暗黙の了解」などを海外の翻訳者に伝える
アノテーション(annotation)は、日本語では「注釈」の意味を持ちます。PLDLにおけるアノテーションとは、各国の翻訳者が疑問を持ったり悩んだりしそうなセリフ等に対して、その真意や背景を補足するために解説を入れることです。
「たとえば作中に日本の地名や有名人の名前が出てきた場合、PLDLではまず地名や人名をそのまま訳出し、アノテーションで解説をします。『これは日本のどこの地域のこと』『この人は日本でこういう風に有名な人』など、日本社会や流行を知らない翻訳者が理解できるよう補足をするのです」(畑井ディレクター)
アノテーションの必要性は固有名詞だけに留まりません。日本の文化や、「暗黙の了解」のようなものにも解説が必要となります。畑井ディレクターはアノテーションが必要とされる例の一つとして、日本語における「敬称」の使い方を挙げます。
「日本語では『●●くん』『●●さん』『●●ちゃん』『●●先輩』などの敬称が頻繁に使われ、その使い分けで相手との関係性が表現されます。そのため『●●さん』『●●ちゃん』などのセリフが出てきたら、アノテーションでその敬称が表現しているニュアンスを解説します。たとえば『<さん>は丁寧で、年齢や性別に関係なく標準的に使われる敬称』『<ちゃん>はカジュアルで親しみのこもった敬称で、主に子どもや近しい関係性の人、もしくはかわいいと感じるものに対して使う』など。このような説明を英語で記載します」(畑井ディレクター)
どこにどのような説明が入っていると各国の翻訳者にとって助けになるか。吹き替え作品として最終的に世界に届く姿を想定し、そのうえで必要な情報を取捨選択する力がPLDLでは求められます。ここに、映像翻訳者が活躍する理由があるのです。
大好きな作品を世界に届ける一端を担う
JVTAではアニメシリーズやアニメ映画、実写ドラマ、実写映画、バラエティー番組など、エンタメ作品を中心に様々な作品のPLDLを手掛けています。日英の映像翻訳者には元々アニメやドラマ好きが多いため、「大好きな漫画家さんの新作アニメに関わることができた」「好きな俳優が出演している作品を担当できた」など、皆さん楽しみながら取り組んでいるようです。
話数が多い作品や長いシリーズの場合、JVTAでは翻訳者数名でチームを組んで対応しています。PLDLに携わっている翻訳者は、日本語ネイティブと非日本語ネイティブが半々くらい。それぞれの強みを生かし協力して作業にあたっています。
「例えば時代劇はセリフ回しが難しかったり、独特の言葉が出てきたりします。そういうケースでは、日本語ネイティブの翻訳者に強みがありますよね。非日本語ネイティブの翻訳者であれば、日本国外の視聴者と同じ視点を持って翻訳を作れるという強みがあります。お互いの良いところを活かしあいながら、チーム一丸となって仕事をしています」(畑井ディレクター)
ひとつの作品が言語の壁を越え、世界中に届けられるプロセスの陰には、このようなPLDLの存在があるのです。世界中で多様な言語の動画配信が当たり前となった今、PLDLは単なる「中間翻訳」を超えて、日本の文化や作品の魅力を正しく世界へ届けるための重要な基盤となっています。コンテンツの多言語展開がさらに加速するこれからの時代、PLDLの果たす役割と重要性はいっそう増していくでしょう。
インタビュー協力

畑井瑞希(JVTA映像翻訳ディレクター)
JVTAに日英映像翻訳コースを受講。修了後、フリーランスの映像翻訳者を経て、映像翻訳ディレクターとしてGCS(グローバル・コミュニケーション・サポート)に所属。日英コンテンツのディレクションを担当。
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