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vol.21 『ヒトラーの贋札』 by 藤田彩乃


11月のテーマ:オモテとウラ

先日AFIロサンゼルス国際映画祭に行ってきました。そこで見た映画が素晴らしかったので、ご紹介します。

舞台は第二次世界大戦さなかのドイツ、ザクセンハウゼン強制収容所。そこではユダヤ人技術者を使ったナチスによる史上最大の紙幣贋造事件"ベルンハルト作戦"が秘密裏に遂行されていました。ナチスの狙いは敵国イギリス、ひいてはアメリカの経済を破綻させること。作戦が成功すれば戦況はナチスに有利になり家族や友人を裏切ることになる。失敗すれば容赦なく射殺される。果たして彼らの運命は...。

映画の原作は、実際に贋造に従事したアドルフ・ブルガー氏による手記『ヒトラーの贋札 悪魔の仕事場(仮)』。11月3日にご本人が来日して映画のPRを行っていたので、ご存知の方もいるかもしれません。日本では朝日新聞社より2008年1月に発売が予定されているそうです。本作のストーリーは彼の証言をもとに少し脚色を加えたフィクション。当事者の揺れ動く感情や葛藤、そして当時の状況をリアルかつドラマチックに描いている秀作であり、ドイツ・アカデミー賞では主要7部門にノミネート、第80回米アカデミー賞外国語映画賞 オーストリア代表作品に選ばれています。

今月のテーマに話を移すと、映画の中には、当時のドイツの表と裏が読み取れるこんなシーンがあります。

贋造に携わったユダヤ人は、人間としてそれなりの待遇を受けていました。食事やベッドはもちろん、息抜きの時間まで与えられていたのです。他のユダヤ人が容赦なく惨殺されていく中、これは異例と言って間違いないでしょう。

しかし、強制収容所の指揮官が、ベルンハルト作戦のリーダーである主人公サロモン・ソロヴィッチを自宅に招待した時、指揮官の妻はサロモンを見て、こんな発言をします。
「連合国はナチスがユダヤ人を虐待してると非難するけど、彼を見ればユダヤ人の待遇の良さが分かるわね」と。

当時の国民がいかに無知であったかを物語るセリフです。日本でも同じようなことがありましたが、連合国はナチスの残酷さをドイツ国民に知らせようと、強制収容所の現状を記したビラを空から撒いたりしていました。ドイツ国民は、完ぺきであるはずのナチスの裏を知ったわけです。しかし、国民はそれを信じませんでした。

夫が強制収容所で働いているにもかかわらず、彼女もナチスの現実を知りません。ドイツ国民は何も知らされず、ナチスは素晴らしい政権だと信じていたわけです。幸せなドイツ人の生活には裏の側面がありました。しかし、国民はその裏の存在すら知らず、ただただナチスを信じていたのです。

これほどまで国民を狂わせ、多くの人々に悲しみをもたらす戦争。戦地にいる者も、人を殺せば殺すほど英雄になれるという狂気の中で、人格までもが変わってしまいます。戦争のおろかさを実感するとともに、無知であることの恐ろしさを感じます。

史実であるにもかかわらず、世間的にはあまり知られていないこのベルンハルト作戦。本作の監督の話によると、罪悪感から当事者たちがあまり話をしたがらないことに理由だそうです。戦争を知らない世代が8割を超える現代の日本。同じ過ちを繰り返さないためにも、過去を知る者はそれを後世に伝え、その後を担う者は過去を知り、現実を直視する必要があるように思います。

日本公開は2008年1月19日です。

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『ヒトラーの贋札』
出演: カール・マルコヴィックス、アウグスト・ディール 他
監督・脚本:ステファン・ルツォヴィツキー
原作:アドルフ・ブルガー
製作年: 2007年
製作国: ドイツ/オーストリア
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