今週の1本

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vol.35 『アルカトラズからの脱出』 by 石井清猛


6月のテーマ:コツコツ続けていること

アクション映画がない人生が今の人生と全く違ったものになってしまうと痛いほど自覚している私たちですら、忙しい毎日の生活の中で、優れたアクション映画が持つ多様で豊かな表情をつい忘れてしまいがちです。
残念ながら私たちの人生において、爆破や銃撃戦やカーチェイスや超能力、あるいはカンフーファイトや"バレットタイム"がなくてもアクション=活劇が成立し得ることを思い出す機会は、私たちが考えるよりずっと少ないのです。

製作から30年近く経つこの作品が今も新しい観客を魅了し、何度も見直され、事あるごとに話題に上り続けるのは、この映画が、そんな貴重な機会を与えてくれる数少ない作品のひとつだからかもしれません。

何しろ『サンダーボルト』で20mm砲を使って分厚い金庫の扉を吹き飛ばし、のちの『ファイヤーフォックス』で旧ソ連の最新鋭戦闘機を乗っ取ってまんまと亡命を遂げることになるクリント・イーストウッドが、ここで手にしているのは1本のスプーンだけ。
"最終刑務所"の異名を持つ厳重警戒の刑務所から脱獄するため、彼は溶接加工したスプーンで監房の壁を削るのです。
ただひたすら、毎日欠かさず、少しずつこつこつと。

刑事アクションの金字塔『ダーティー・ハリー』を生んだ名コンビ、ドン・シーゲルとクリント・イーストウッドが前作から8年ぶりに手を組んだのが、この『アルカトラズからの脱出』でした。
サンフランシスコ湾を臨むアルカトラズ島で巨大な要塞のような威容をさらしたアルカトラズ連邦刑務所を舞台に、"絶対不可能"とまで言われていた脱獄に挑んだ4人の囚人の物語を、実話を基に描いた傑作アクションです。

フランク・モーリスは1960年1月18日の嵐の夜、アルカトラズ連邦刑務所へ収監される。四方を潮流の速い海に囲まれ厳重な警備体制が敷かれたこの刑務所は、全米から問題のある囚人ばかりが集められた"最終刑務所"だった。
ウォーデン所長に目をつけられながらも、気を許せる仲間たちと知り合うモーリス。
ある日、モーリスは凶暴な囚人ウルフとの乱闘騒ぎを起こして懲罰房に入れられるが、数日後にそこから出された彼は、ある計画を思いつく。
昔の刑務所仲間アングリン兄弟と食堂で偶然再会したモーリスは、脱獄計画を実行に移す決心を固めるのだった...。

豪雨の中、護送用のボートでアルカトラズ島に渡ってくるモーリス=イーストウッドの罪状や来歴はついに明かされることがなく、その寡黙に計画を遂行する姿は『荒野のストレンジャー』や『ペイルライダー』で彼が演じた"名もなき男"を彷彿とさせます。
もちろんこの映画では、それらの西部劇のクライマックスで描かれたような倒すべき敵を倒す一騎打ちを見ることはできませんが、嵐の海から現れ、やがて闇夜の海に消えるイーストウッドの姿はどこか、謎のガンマンと重なるのです。

モーリスが仲間と共に脱獄計画を進めていく映画後半の描写は圧巻のひと言で、スプーンで壁を削り、即席紙粘土で顔型を作り、掘った穴を隠すカモフラージュを採寸し、またスプーンで壁を削り、崩れたセメントを散歩中にこっそりと捨て、また壁を削り、といったディテールが緻密に積み重ねられ、そのすべてが見る者をつかんで離しません。
モーリスが仲間たちと打ち解けていく様子を描いて、気の抜けたコメディのような、何となくユーモラスな印象すら残す前半部と鮮やかな対照をなしています。

もうひとつ忘れられないのはサウンドトラックです。ジェリー・フィールディングによる低く唸るノイズのようなスコアは、サスペンスフルというよりむしろ、観客の恐怖心を煽り立てているかのよう。そして実際この映画には、ほとんど"ホラー的"と言える瞬間が仕掛けられているのです。

監房の中で黙々と脱獄の準備を進めるイーストウッドが、顔型の出来栄えを見ようと鏡をかざす場面。ゆっくりと鏡の角度を変えていく彼が、そこに見たものは...?

どれだけ恐ろしいものが映っていたか知りたい方、あるいは思い出したい方は、さあ、ためらっていてはいけません。お近くのDVDレンタル店へ急ぎましょう!


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『アルカトラズからの脱出』
出演:クリント・イーストウッド、パトリック・マクグーハン他
製作、監督:ドン・シーゲル
脚本:リチャード・タッグル
撮影:ブルース・サーティーズ
製作年:1979年
製作国:アメリカ
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