今週の1本

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vol.36 『サン・ジャックへの道』 by 藤田奈緒


7月のテーマ:自然

近年、山歩きがブームとなっていますが、この夏は富士山に登ってやろうと目下、計画中です。しかし、普段運動とは無縁の私がいきなり山登りなど無茶な話。ひとまず練習を積むべく向かったのは、富士山と並ぶミシュランの三ツ星観光地、高尾山。新宿から電車に揺られて50分、あっという間に到着です。

高尾山口の駅に降り立つと、駅前の広場は、登山靴を履いてストックを持った老若男女で溢れかえっていました。気軽にピクニック気分だったのに、もしや意外と本格的!?一瞬ひるみましたが、気を取り直して登山開始。沢沿いのコースを進みます。

鬱蒼と木が生い茂る森の中を歩いていると、気づけば無心になっている自分がいました。一歩一歩、土を踏みしめて歩き、大きくうねる木の根っこを1つ1つ越えていく。ホトトギスの声に耳を傾け、草の間を走り抜けるリスの数を数えたり、小学校の理科の教科書に載っていたであろう昆虫の卵を発見したり。長らく使うことを忘れていた感覚が呼び覚まされたとでも言いましょうか、広い宇宙の中にいる自分を俯瞰して見ているような、何とも不思議な感覚を味わいました。心の中はいつになく穏やかです。

『サン・ジャックへの道』で様々なバックグラウンドを持つ9人の男女が歩くのは、フランスのル・ピュイからスペインの西の果て、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの1500キロにも及ぶ巡礼路。聖地を目指し、果てしなく広がる自然の中をひたすら歩く中で、それぞれの抱える問題が浮き彫りになり、やがて解決されていきます。"歩く"ことによって、彼らは自分自身と深く向き合い、心の中の葛藤を乗り越え、それまでとは違う自分を自ら見出します。そして、それぞれがモメている時には霞んでいた背景の美しい景色は、それぞれがハッピーになった時にやっと、本来の美しさを主張し始めるのです。(実際、舞台となった南ヨーロッパの大自然の美しさは素晴らしいの一言!)

ところで、1時間半のお気軽登山コースを息を切らせながら登りきった私。山頂のビアガーデンがまだクローズ中で、楽しみにしていたビールにありつけず意気消沈。しりとりをしながら駆け足で下山し、現実世界へと戻りました。

でも、一度はホトケの心を手に入れることに成功したのだから、近いうちにまた、あの感覚を味わってみたいもの。ただし今度行くのは、ビアガーデンがオープンしているかどうかちゃーんと調べてからですけどね。

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『サン・ジャックへの道』
監督:コリーヌ・セロー
出演:ミュリエル・ロバン、アルチュス・ド・パンゲルン他
製作年:2006年
製作国:フランス
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