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Vol.40 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』 by 杉田洋子


9月のテーマ:○○フェチ

何を隠そう、私は大の"おじいちゃんフェチ"だ。年齢と共にストライクゾーンが格段にアップするのだ。20代の男性のヒット率が2割なら、70歳以上のヒット率は実に8割に上る。ジャニーズ事務所やハロプロのごとく、私にとっておじいちゃんは、お気に入りのプロダクションであり、ブランドである。

おじいちゃんは国境を越える。しかし、それでも敢えて好みを言うならラテンの翁たちは5つ星レベルだ。渋さの中にお茶目ないたずらっぽさが光る生涯現役派。今回選んだ『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は、キューバの老ミュージシャンにスポットを当てた音楽ドキュメンタリー映画だ。世界中でかなりブームになったので、恐らく多くの人が一度は見たことがあるのではないかと思う。私自身もかれこれ4回は見ているし、今さらという感じもするけれど、"翁×キューバ×音楽"ときたら、私にとっては好きなものばかり集めた欲張りプレートのようなもの。8年前に一度見た人も、もう一度見てみてもいい頃かもしれない。渋い旋律が、前回以上にカッコ良く聞こえるかも...。古いレコードを引っ張り出すような感覚で、久しぶりにプレイボタンを押してみれば、そこには帽子と葉巻の似合う粋な翁と粋な音楽が待っている。

作品の中でも特にスポットを当てられている最高齢級ミュージシャン、イブライム・フェレール(ボーカル)、ルーベン・ゴンザレス(ピアニスト)、コンパイ・セグンド(ギター/トレス)の3人は、残念ながらすでに他界してしまった。三者三様、本当に魅力的でタイプも住み分けできており、「花より男子」のF4にも負けないゴールデントリオだ。翁フェチの観点から3人のチャーム・ポイント(音楽抜き)を語らせていただくと...

ベレー帽が似合う歌い手のイブライム・フェレールは、つぶらな瞳のやんちゃな弟キャラ。ユーモアまで茶目っ気たっぷり。"これからタバコは吸わない。......少ししか"といっていたずらっぽく笑う姿にキュンとくる。自分の守護神にハチミツや香水やラムを毎日備える律儀さもいとおしい。

あごひげと白髪が美しいピアニストのルーベン・ゴンザレスは、育ちの良さがにじみ出る長身の紳士。ピアノを弾く時の背中から頭のラインは、そんな老人にしか出せない姿勢の良いうなだれ方をしてる。緊張した80歳の長い指が、軽やかに鍵盤を叩く。アイロンをかけたような優等生タイプだけど、演奏中にほころぶハンサムな顔は、ハートをわしづかみにする。

そしてギター/トレス(三弦ギター)奏者のコンパイ・セグンド。見るからに遊びつくした感が漂うドンの風格。この時点で90歳を超えているが、"この体に血が流れる限り女が好き"、"一夜のロマンス、プライスレス"、"今子供が5人いて、6人目を作るために奮闘中"、など余裕の発言の数々。さすがに、"この人となら..."、との思いがよぎる。奇しくも彼は、私がキューバに滞在していた2003年の夏に95歳で逝去した。遺体は一時ハバナの斎場で一般公開され、見に行くことができた。想像以上にコンパクトで、キレイな顔をした彼の遺体の上には、トレードマークのパナマ帽子とトレスが添えられていた。亡くなって初めて実物を見るなんて、なんだか複雑な気持ちになったけれど、形ある彼と最後に会えたことはやっぱり幸運だったと思う。

いろいろ語ってみたものの、"そんなこと言われたって、どれがどの翁か分からないよ!"という方は、ぜひもう一度各翁の魅力に注目してご覧いただきたい。きっと、きっと、お気に入りの翁が見つかるはずだから...。

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『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:イブライム・フェレール、ルベーン・ゴンザレス
オマーラ・ポルトゥオンド、コンパイ・セグンド 他
製作年:1999年
製作国:ドイツ=アメリカ=フランス=キューバ
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