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vol.65 『ラースと、その彼女』 by 藤田奈緒


9月のテーマ:妄想

究極のひとり遊び、妄想。
持て余すほど時間が有り余っている子供だけの特権かなとも思うけど、
むしろ大人向けの遊びと言えるかもしれない。

誰かと待ち合わせていて急に空いた1人の時間、カフェに入って注文した
コーヒーを待つ時間、なかなか寝つけない夏の夜。
タバコを吸う習慣のある人だったら、ちょっと一服して時間を潰すことも
できるだろうけど、生憎私はタバコを吸わないので、そんな時はここぞと
ばかりにあれこれ思いをめぐらせ、想像を膨らませては妄想にふける。
頭の中の世界では何だってあり。口に出しさえしなければ、誰にも知られ
ることもないのだから、これ以上ない有意義な1人の時間の過ごし方では
ないだろうか。ただしそれは、誰にも迷惑をかけなければの話。

アメリカの田舎町に住む青年ラースは、町中の人々から愛される心優しい
青年だが、1つだけ大きな欠点があった。それは極度にシャイであること。
これは彼の生い立ちが要因だったりもするのだが、その性格が災いして、
自分に好意を持ってくれてる女の子からも逃げてしまう始末。
しかし、そんなラースにある日突然、ガールフレンドができた。

待望のガールフレンド誕生に兄夫婦は大喜びするが、ネットで知り合った
という彼女ビアンカの正体はなんと等身大のリアルドールだった...。
呆然とする2人の前で、ラースはビアンカの生い立ちから職業、悩み事など
をいつになく楽しげに話すのだった。

普通だったら、「あーあ、ラースったら本当におかしくなっちゃったのね」
なんていう冷たい反応が当然だろうけど、この町の人々は違った。愛すべき
青年ラースのために、暴走しまくる彼の妄想にとことん付き合うことにしたのだ。
リアルドール、ビアンカは驚くべきスピードでコミュニティに受け入れられていく。
しかしすべてが幸せにうまくいっていると思えた時、突如ビアンカが病に倒れ
てしまう。そして訪れるビアンカの死。
周囲の励ましに支えられたラースは、自力でその死を乗り越え、同時に幼い頃
からのトラウマである母親の死を受け入れるのだった。

冷静に考えれば、そもそもリアルドールが病気になるわけもなく、死ぬわけもない。
旅をするはずもないし、洋服店でモデルのバイトをするわけもない。
それでもラースの妄想を跳ね除けることなく受け入れ、温かく見守り続けた町の
人々の泣きたくなるほどの愛情深さ。

これはただの妄想映画ではなく、1人の心優しい青年の心の成長物語であり、
現代における究極のファンタジー映画だ。

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『ラースと、その彼女』
出演:ライアン・ゴスリング、エミリー・モーティマー、ポール・シュナイダー
監督:クレイグ・ギレスピー
製作年:2007年
製作国:アメリカ
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