今週の1本

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vol.29 『光州5・18』 by 潮地愛子


3月のテーマ:旅立ち/別れ

先週、北海道夕張市で開催された「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」に行ってきました。2年ぶりの映画祭の復活ということで、私が夕張に赴くのも2年ぶりのこと。今年は今までより1ヵ月ほど遅い開催だったため、暖かい日が続き、ゆうばりへの春の訪れを肌で感じることができました。日本映像翻訳アカデミーが、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に初めてかかわったのは2004年。その年に、ヤングコンペ部門でグランプリを獲得したのがキム・ジフン監督の『木浦は港だ』でした。麻薬犯罪の捜査のため、港町・木浦のヤクザ組織に潜入したソウルの刑事と組長とが騒動を巻き起こすというコメディで、韓国では200万人を動員したヒット作。映画祭で流した字幕は、当校修了生が手がけ、しかも関西弁で、という画期的なものでした。上映が終わったあとの観客の熱狂ぶりに、グランプリは確実だろうと思ったのを今でも覚えています。

そして、今年2008年、キム・ジフン監督の『光州5・18』が招待作品として上映されました。1980年の5月18日、韓国の光州市で起きた韓国軍と民主化を求める学生や市民との武力衝突、いわゆる光州事件を描いた作品です。韓国では740万人を動員し、歴代韓国映画興行収入がトップ10入りという大ヒット作です。主人公は早くに両親を亡くし弟と暮らす青年ミヌ。彼にとって弟のジヌはかけがいのない存在であり、希望でした。しかし、1980年の5月18日を境に、彼らは事件に巻き込まれ犠牲になっていくのです。ジヌが銃弾に倒れたことで、平穏に過ごすことを願っていたミヌは死闘に身を投じていく決意をします。大切な人を守るために、そして明るい未来を築こうと、多くの市民が立ち上がり軍に立ち向かっていきます。一市民の力など、ちっぽけなもので、大きな犠牲を伴うことは目に見えています。それでも彼らは立ち上がるのです。

ほんの30年前に、こんな悲惨な事件が隣国で起こっていたと知ってショックでした。1980年当時、光州事件では多数の死傷者が出ていますが、当時韓国国内ではマスメディアの情報操作が行われており、事件は海外メディアの報道によって公になりました。日本で光州事件について知る人は多くはないと思います。でも、知らない人にこそ、この映画を見てほしいです。そういう事件があったこと、闘った人たちがいたこと、それを知ってほしいです。それを知ることは特別なことではなく、例えば、今、隣にいる人のことを意識するというのと同じことだと思うからです。

見る前は『木浦は港だ』は究極のコメディだったので、今回のキム・ジフン監督の新作がシリアスな作品と聞いて意外に思っていました。でも、描かれた日常の中に時折ちりばめられるユーモアと、ラストシーンには監督のテイストが垣間見られ、懐かしい気持ちにもなりました。

2年ぶりに夕張で数日間を過ごし、いろいろなことを思い出しました。映画祭に参加するたびに見舞われたトラブルやらハプニング、楽しかったことや悔しかったことなど。それらのおかげで成長できた部分もあります。そう考えると、私自身、何も変わっていないように思えて、何かが少しずつ変わっているのかもしれません。春がやってきて、かといって、私は旅立つ予定はなく、いつもと同じ日常の中に身をおいています。

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「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008」
2008年3月19日(水)~3月23日(日)開催
ゆうばり市民会館、シネサロン、夕張商工会議所ほか夕張市内会場にて

『光州5・18』
5月10日(土)より全国ロードショー
監督:キム・ジフン
出演:アン・ソンギ、キム・サンギョン、イ・ヨウォン、イ・ジュンギ
製作年:2007年
製作国:韓国
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