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vol.77 『マイレージ、マイライフ』  by 藤田彩乃


2月のテーマ:夜

アメリカで娯楽といえばもちろん映画。映画館に行くなり、家でDVDを見るなり、とにかく一般人でもかなり映画を見ている。夜はディナーと映画がお決まりのパターンだ。定時で仕事を終わる人も多く、ケーブルテレビ、オンデマンドTV、ネットフリックスなどの普及率も高い。事実、映画スタジオは劇場の売り上げではなく、ホームエンターテインメントで大部分の利益を得ているようだ。

アカデミー賞もついに来週に迫り、下馬評も出揃ってきた。日本での公開はアカデミー賞発表の後になる作品も多いが、今シーズンは見たい作品が目白押しだ。私もいつになくノミネート作品をたくさん鑑賞したが、今回はその中でもひときわ目を引いた「マイレージ、マイライフ」を紹介したい。

主人公ライアンの仕事は企業の指示に従い従業員にリストラを宣告すること。年間322日も出張するためマイルを貯めることを生きがいとしている。人生のモットーは「バックパックに入らない荷物はいっさい背負わない」。そんな身軽な男ライアンは、出張先のバーでアレックスと出会い、意気投合。彼女への思いを募らせる。また合理的で頭の切れる新入社員ナタリーとのやり取りを通して、自分の姿を見つめ直していく。そんな女性たちとの交流を通して、人とのつながりを避けてきた彼の心に変化が訪れる。

華の独身生活を謳歌し、人生をスマートに生きるライアンはまさに現代人の典型だろう。面倒なことを避け、目に見えるマイルというステータスを築きあげることに没頭している。1分1秒でも無駄にしない効率のよいライフスタイルを徹底し、待ち時間は一切作らない。人間関係においても同様である。しかし無駄を省き続けて行き着く先はどこなのか。結局、幸せはつかめないままさまよい続けるだけなのかもしれない。先日アメリカの老舗雑誌で、「現代のアメリカンドリームとは大金持ちになることではなく、家族団らんの時間を持つことだ」という興味深い記事を読んだ。それほど現代では、人との深い関わり、信頼関係、愛情を保つことが難しくなっているのだろう。心が空っぽな人が多くなっているのだと思う。

世界的不況に見舞われた2009年。現代の社会情勢や現代人の抱える不安や孤独をここまでリアルに描いた映画は初めてではないだろうか。映画の冒頭でリストラされた従業員が今後の不安と悲しみを涙ながらに話すシーンがあるが、まるでドキュメンタリーのインタビュー映像のようだ。

特に本作は役者が素晴らしい。独身貴族ライアン役は、ジョージ・クルーニーがぴったりだ。話によると脚本の制作段階から想定していたそう。アレックス役のヴェラ・ファーミガが美しい大人の女を好演。こんな風に年を取れたら素敵だなあと見とれてしまった。ナタリー役のアナ・ケンドリックも賢くて小生意気な新入社員を熱演している。期待通り、アカデミー賞ではジョージ・クルーニーは主演男優賞、ヴェラ・ファーミガとアナ・ケンドリックも助演女優賞にノミネートされた。

すでにアメリカ脚本家組合(WGA)賞、ゴールデングローブ賞脚本賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞など数々の賞を受賞している本作。現代世界をリアルかつコミカルに見事に描いた秀作なので、ぜひご覧いただきたい。
日本公開は2010年3月20日。


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『マイレージ、マイライフ』
原題: UP IN THE AIR
監督: ジェイソン レイトマン
キャスト:ジョージ・クルーニー、ヴェラ・ファーミガ
     アナ・ケンドリック
製作年: 2009年
製作国: アメリカ
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