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2010年7月 アーカイブ

Vol.86 『トイストーリー3』 by 藤田彩乃


7月のテーマ:怖い話

アメリカでは6月18日に公開されるやいなや、週末3日間で1億900万ドルを稼ぎ出し、大ヒットとなった「トイストーリー3」。続編の評価がオリジナルを上回ることは極めて稀だが、観賞した人がみな口を揃えて大絶賛し、映画誌などでの評価も高いので早速、見に行ってきた。

舞台は第1作目から10年後。ウッディやバズ・ライトイヤーなどのおもちゃの持ち主アンディは17歳。大学進学が決定し、おもちゃを整理することになる。悩んだあげくおもちゃを屋根裏部屋にしまおうとするアンディだが、母親の手違いでゴミに出されてしまう。間一髪でゴミ処理場行きは免れたおもちゃたちだが、アンディに捨てられたと勘違いし大激怒。保育園「サニーサイド」へ寄付するための段ボールに入り込み、サニーサイドで歓待され気を良くする。そんな中、ウッディだけがアンディを信じて、保育園から脱出し家に帰ろうとするが、バズを初めとするおもちゃたちはサニーサイドが気に入り留まることに決める。しかし、一見、天国に見えたサニーサイドは、おもちゃにとっては生き地獄。昼間は凶暴な年少組に乱暴に投げつけられて破壊され、夜は、過去に持ち主に捨てられた人間不信のくまのぬいぐるみロッツォの指揮の下、まるで囚人のように常に監視される。そんなサニーサイドでの現実を知ったウッディは、仲間の危機を救うため、果敢にも再びサニーサイドへと戻って行く。

保育園「サニーサイド」に着いた当初、おもちゃたちは大歓迎を受ける。イチゴのにおい付きのふわふわのピンクのくまのぬいぐるみロッツォはどこから見ても善人の長老。しかし、おもちゃたちが年少組のおもちゃの扱いに不満をもらした途端に一変、悪魔の顔つきへと変わる。その豹変ぶりと二面性はホラーに近い。怖すぎる。また、おもちゃたちを叩いたり、解体したりする子供たちも、おもちゃ目線で見ると、怪物以外の何者でもない。平和に見える保育園のおもちゃたちの上下関係、持ち主に捨てられたおもちゃたちのトラウマっぷりもシュールすぎて恐ろしい。
一方で、笑えるシーンも盛りだくさん。一番の見せ場はバズ。ロッツォと傲慢なおもちゃたちに捕らえられたバズは、背中部分のリセットボタンを押され、なんと情熱的なラティーノに変身。スペイン語で歯の浮くような台詞をはきまくる。意味不明だがかなり笑える。

おなじみのおもちゃも登場する。前作から出演しているバービーはもちろん、ボーイフレンドのケンも出演。キザな台詞と動きが笑える。そして日本が誇る我らがトトロも登場。ジブリとディズニー&ピクサーの長年の協力関係の賜物だ。台詞こそないが、かなりの存在感を醸し出していた。

映像のクオリティ、芸の細かさが群を抜いているのはもちろん、ストーリーの完成度も高く、さすがピクサーと言わざるを得ない。エンディングは感動的で切なくて、涙が込み上げてくる。大人になるアンディと、大人になれないおもちゃたち。いずれは別れの時が来るのだが、分かっていても泣けてくる。アンディの優しさ、おもちゃへの愛情が、最後にどーんと胸に迫ってくる。3部作のなかで、一番の出来と言っても過言ではないと思う。
日本では7月10日(土)全国ロードショー開始。笑いあり涙ありの大傑作、お見逃しなく。

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『トイストーリー3』
監督:リー・アンクリッチ
声:トム・ハンクス、ティム・アレン、ジョーン・キューザック
音楽:ランディ・ニューマン
製作国:アメリカ
製作年:2010年
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vol.87 『オカルト』&『(500)日のサマー』 by 石井清猛


7月のテーマ:怖い話

「悪夢のように恐ろしい」という表現をよく耳にします。
日本語にも英語にもあり、そして恐らく他の言語にも同様の言い回しがあるとするなら、"通常の恐怖ではない"ことを示すために使われるこの「悪夢」という言葉は、それを耳にする私たちに一体どんなイメージを想起させるというのでしょうか。

そもそも人類が共通して見たことのある一番恐ろしい悪夢など決められないことを考えれば、この表現のポイントは"夢"ということになります。

現実世界のものに似ていながら全く異なる論理で起きる出来事。
自らがその一部でありながら自らのコントロールが全く及ばない出来事。
現実に知っている人物とそっくりに見えて全くの別人が登場する出来事。
アンリアルそのものなのにリアル以外のなにものでもない出来事。
途中で「これは現実ではない」と気づいても自分のその感覚を最後まで信じることができない出来事。
そんな出来事が連続して、あるいは不連続に起きる場としての夢です。

例えば恐ろしい出来事を体験して、それが夢だと分かった時あなたはホッと胸をなで下ろしますか?
もちろんそうでしょう。
でもそれは夢が終わってからの話。
もしも終わらない悪夢があるとしたら...。

誰もが悪夢の1つや2つは見たことがあるとして、そのどれが一番恐ろしいかはもはや問題ではありません。悪夢はそれが"夢である"というだけで、"普通でなく恐ろしい"のです。

「悪夢のように恐ろしい映画」という謳い文句もやはりよく耳にしますが、白石晃士監督の『オカルト』に限っては「悪夢のような映画」と言った方がしっくりきます。それほどこの作品は"夢の中で体験する恐ろしい出来事"に酷似しているのです。

しかし『オカルト』は悪夢を"コピー"した類似の作品とは決定的に異なります。
2009年に発表されたこの傑作は、悪夢のイメージをなぞっただけのどんな映画にも似ていません。
『オカルト』はホラーでもスリラーでもミステリーでもサスペンスでもなく、むしろそれらすべての要素を含みながら、最終的に映像自体の"オカルティズム"に触れてしまうような、真に「悪夢そのものの映画」です。

2005年に東海地方の観光地で起きたある通り魔事件の真相を追う映像作家の白石。観光客2名を殺害し1名に重傷を負わせた犯人は崖から身を投げ行方不明となっている。白石は惨劇の一部始終が撮影されていた観光客のビデオを手がかりに、関係者インタビューなどの調査を進めていくが、彼の取材は唯一の生存者である江野と出会ったことで思わぬ展開を見せ始めるのだった...。

"フェイクドキュメンタリー(mockumentary)"という言葉を知っている皆さんであれば既にお分かりと思いますが、映像作品においてドキュメンタリーとフィクションを隔てるいかなる境界線も存在しません。
映像作家の白石が追う事件がこの世に実在しようがしまいが、『オカルト』の映像は"現実世界のものに似ていながら全く異なる論理で起きる出来事"を"アンリアルそのものなのにリアル以外のなにものでもない出来事"として描き出すばかりです。

そこで私たちが出会うのは"悪夢のような映像"と"映像のような悪夢"の一体どちらなのでしょう。
あるいは白石晃士は、本当は悪夢が映画の"コピー"であることを示そうとしていたのかもしれません。

そしてもう1本。私が近年見た中でダントツに恐ろしかった映画。
腹わたが煮えくり返るほどムカつくのに愛しくてたまらない映画。
この映画を高1の時に見たのでなくて本当によかったと思ったのはきっと私だけではないでしょう。
つまり『(500)日のサマー』です。

この世界に実在する悪夢の1つに、お互いに運命の人と信じ合っていると思っていた相手に"私はそうは思ってなかった"と告げられる瞬間というのがありますが、これほど確かな恐怖すら、年を重ねるごとにやがて薄まっていくものなのでしょうか。

ヘッドホンから漏れるザ・スミスも、イケアのシステムキッチンも、カラオケの「明日なき暴走」も、コピー室のキスも、全部なかった方がよかった。なんて頑なに思えたはずの日々は過ぎ去ったままなのでしょうか。

その答えが何であっても、私は決してベッドに横たわって天井を見上げるズーイー・デシャネルの目の色を忘れたりしないでしょう。

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『オカルト』
監督・脚本・撮影・編集:白石晃士
音楽:Hair Stylistics
出演:宇野祥平、野村たかし、栗林忍、東美伽、近藤公園、ホリケン。、
吉行由実、白石晃士、高槻彰、渡辺ペコ、黒沢清、鈴木卓爾ほか
製作年:2008年
製作国:日本

『(500)日のサマー』
監督:マーク・ウェブ
製作:マーク・ウォーターズ、ジェエシカ・タッキンスキーほか
脚本:スコット・ノイスタッター、マイケル・H・ウェバー
撮影:エリック・スティールバーグ
音楽:マイケル・ダナ、ロブ・シモンセン
出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ズーイー・デシャネル、
ジェフリー・エアンド、クロエ・グレース・モレッツほか
製作年:2009年
製作国:アメリカ
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