今週の1本

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2010年6月 アーカイブ

vol.84 『天才少年ドギー・ハウザー』 by 藤田奈緒


6月のテーマ:パソコン

大人になった今でも、自分のためだけに日記を書き続けている人はどのぐらいいるのだろうか。子どもの頃は誰でも一度ぐらいは、日記を書いてみたことがあるだろう。私の場合は、幼稚園の頃、出張で家を空けがちだった父親との交換日記に始まり、小学校の宿題、友達との交換日記...と、わりと長い間、日記をつけ続けた過去がある。その頃はほぼ毎日、当たり前のように日記を書いていたのだが、ある日を境にパタリと書くのを止めた。理由は明快、書く必要がなくなったからだ。十代も半ばに差し掛かると、宿題で日記を書くことを求められることもなくなるし、友達といつまでも仲良し交換日記を続ける気も失せてくるお年頃。"Dear Diary..."(日記さん、こんにちは)なんて出だしで秘密めいた日記を書く海外の子どもを真似てみたこともあったけれど長くは続かなかった。どうも私は、誰かに見せることを前提とした文しか書けないタイプのようだ。

私の知る限り、誰のためでもなく自分のための日記をつけ続けている人は2人。1人は私の祖父だ。分厚い十年日記を何冊も新調し続け、つい最近も新たな十年日記を購入していた。90歳近いというのに恐るべき執筆意欲である。本人の許しを得て少し読ませてもらったところ、まさに日々のメモといった感じの数行日記だったが(そうでなければ、さすがに60年も続けられないか...)、その日記のおかげで失くし物が見つかったりするのだから大したものだ。

そしてもう1人が、知る人ぞ知る天才少年、ドギー・ハウザー。教育テレビの海外ドラマを見ていた人ならご存知、わずか10歳でプリンストン大学を卒業し、14歳にして最年少の臨床医となった神童だ。エピソードは毎回、ドギーが自分の部屋で日記を書くシーンで終わる。しかも手書きではなくパソコンを使って、だ。見ている私はパソコンなんてものを実際に目にしたこともないっていうのに、ドギーはすました顔で毎日キーボードを叩いていた。今や誰もがブログやツイッターで普通に日記を書く時代だが、90年代前半に自由にパソコンを操ってみせるとは、恐ろしく進んだ子どもである。

『天才少年ドギー・ハウザー』、残念ながら日本ではDVD化されていないようなので、観たことのない人は、ぜひYouTubeでラストの日記のシーンを検索してみてください。ちなみに主演のニール・パトリック・ハリスは少し前にゲイをカミングアウト。最近ではエミー賞の司会を務めたり、人気ミュージカルドラマ『Glee』にゲスト出演するなど要注目パーソンです。

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『天才少年ドギー・ハウザー』
製作:スティーヴン・ボチコー
出演:ニール・パトリック・ハリス、ジェームズ・シッキングほか
製作国:アメリカ
製作年:1989年~1993年
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vol.85 『マトリックス』 by 桜井徹二


6月のテーマ:パソコン

『マトリックス』という映画を特徴づけているのは、例の「弾丸よけ」に代表されるような、思わずマネしたくなったりふとした時に思い出したりするような印象的なシーンが多い点だろう。

僕がよく思い出すのは、青白い顔でパソコンの前に座って日夜ハッキングに明け暮れる主人公のネオのもとに、1本の電話がかかってくるシーンだ。電話に出たネオは電話口の向こうにいる見知らぬ相手に突然、「真実を知りたいか?」と問われ、やがて彼はマトリックスの存在を知ることになる。

家にある固定電話が鳴りだすと、僕はいつもこのシーンを思い出す。いつからかうちには黒電話が置いてあって、いちおう電話線にもつながっている。ネットを引くために電話に加入していて、まあどうせ加入しているのなら、という感じで電話線につないでいるという程度の存在だ。なので、この黒電話の電話番号はほとんど誰にも教えていない。

にもかかわらず、なぜか月に1~2度くらいの割合でこの黒電話が鳴る。昼間や夜中におもむろにりんりん、りんりんと鳴り出すのだ。

そもそも電話をかけてくるような相手は数少ないので、自分の携帯電話でさえ月に数えるほどしか着信がない。それなのに、誰も番号を知らないはずの電話が月に何度も鳴るのだ。間違い電話にしても多すぎる。

そんな時、僕はいつも『マトリックス』のあのシーンを思い浮かべ、この電話がマトリックスの存在を告げる電話だったら? とつい考えてしまう。僕だって日夜パソコンの前に座ってばかりという点においてはネオと共通点がないわけではない。そんな電話が絶対にかかってこないという保証はどこにもないのだ。

もちろん下らない妄想だけれど、それにしてももし電話を取って「真実を知りたいか?」と問われたらどう答えるべきか、というのは思いのほか難しい問題だ。

なぜ真実を知る必要があるのか? そもそも真実とは何なのか? などと考えだすときりがないし、真実の世界は知りたいけど、そこで見ず知らずの人に囲まれて生活を始めるのも若干めんどくさいなと思ったりもする。といってじっくり腰を据えて考えようとしても、モーフィアスみたいな人が目の前にいて、怪しい錠剤を差し出して迫ってくるんだからそれも叶わない。なかなかにハードな状況だ。

というわけで、電話がりんりんと鳴っている間にはとても答えは出せそうにないが、それでも僕は電話が鳴るたびに繰り返し同じことを考えてしまう。映画にせよ小説にせよ、こんな風に何かしら形に見える影響を残す作品というのは稀有な存在だと思う。

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『マトリックス』
監督:アンディ・ウォシャウスキー、ラリー・ウォシャウスキー
出演:キアヌ・リーヴス、ローレンス・フィッシュバーンほか
製作国:アメリカ
製作年:1999年
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