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vol.85 『マトリックス』 by 桜井徹二


6月のテーマ:パソコン

『マトリックス』という映画を特徴づけているのは、例の「弾丸よけ」に代表されるような、思わずマネしたくなったりふとした時に思い出したりするような印象的なシーンが多い点だろう。

僕がよく思い出すのは、青白い顔でパソコンの前に座って日夜ハッキングに明け暮れる主人公のネオのもとに、1本の電話がかかってくるシーンだ。電話に出たネオは電話口の向こうにいる見知らぬ相手に突然、「真実を知りたいか?」と問われ、やがて彼はマトリックスの存在を知ることになる。

家にある固定電話が鳴りだすと、僕はいつもこのシーンを思い出す。いつからかうちには黒電話が置いてあって、いちおう電話線にもつながっている。ネットを引くために電話に加入していて、まあどうせ加入しているのなら、という感じで電話線につないでいるという程度の存在だ。なので、この黒電話の電話番号はほとんど誰にも教えていない。

にもかかわらず、なぜか月に1~2度くらいの割合でこの黒電話が鳴る。昼間や夜中におもむろにりんりん、りんりんと鳴り出すのだ。

そもそも電話をかけてくるような相手は数少ないので、自分の携帯電話でさえ月に数えるほどしか着信がない。それなのに、誰も番号を知らないはずの電話が月に何度も鳴るのだ。間違い電話にしても多すぎる。

そんな時、僕はいつも『マトリックス』のあのシーンを思い浮かべ、この電話がマトリックスの存在を告げる電話だったら? とつい考えてしまう。僕だって日夜パソコンの前に座ってばかりという点においてはネオと共通点がないわけではない。そんな電話が絶対にかかってこないという保証はどこにもないのだ。

もちろん下らない妄想だけれど、それにしてももし電話を取って「真実を知りたいか?」と問われたらどう答えるべきか、というのは思いのほか難しい問題だ。

なぜ真実を知る必要があるのか? そもそも真実とは何なのか? などと考えだすときりがないし、真実の世界は知りたいけど、そこで見ず知らずの人に囲まれて生活を始めるのも若干めんどくさいなと思ったりもする。といってじっくり腰を据えて考えようとしても、モーフィアスみたいな人が目の前にいて、怪しい錠剤を差し出して迫ってくるんだからそれも叶わない。なかなかにハードな状況だ。

というわけで、電話がりんりんと鳴っている間にはとても答えは出せそうにないが、それでも僕は電話が鳴るたびに繰り返し同じことを考えてしまう。映画にせよ小説にせよ、こんな風に何かしら形に見える影響を残す作品というのは稀有な存在だと思う。

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『マトリックス』
監督:アンディ・ウォシャウスキー、ラリー・ウォシャウスキー
出演:キアヌ・リーヴス、ローレンス・フィッシュバーンほか
製作国:アメリカ
製作年:1999年
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