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2010年11月 アーカイブ

vol.94 『ライフ・イズ・ビューティフル』 by 藤田彩乃


11月のテーマ:壁

言葉の壁は大きい。映像翻訳者として認めたくないが事実だ。特に笑いのツボは文化によって激しく異なるため、その壁を越えることは容易ではなく、コメディ映画で世界的なセールスは期待できないとさえ言われる。確かにコメディには、翻訳者泣かせの台詞や翻訳不可能なネタも多い。しかし外国語作品でありながら、アカデミー賞を総なめにし、言葉の壁を越えた作品がある。チャップリンの再来と賞されたロベルト・ベニーニ主演の「ライフ・イズ・ビューティフル」。大好きな作品だ。

舞台は、第二次世界大戦前の1939年。ユダヤ系イタリア人のグイドは北イタリアの田舎町で小学校教師のドーラと恋に落ち、結婚。かわいい男の子を授かり、幸せな暮らしを送っていた。しかし次第に戦争の色が濃くなり、3人はナチス・ドイツによって強制収容所へ送られる。恐怖と絶望の中、母親と離れて不安な息子にグイドはある嘘をつく。「これはゲームなんだ。泣いたりママに会いたがったりしたら減点。いい子にしていれば点数がもらえて、1000点たまったら勝ち。勝ったら、本物の戦車に乗っておうちに帰れるんだ」と・・・。

本作は、カンヌ映画祭で審査員グランプリを受賞。アカデミー賞では、外国語映画でありながら、作品賞を含む主要7部門にノミネートされ、主演男優賞、外国語映画賞、作曲賞(ドラマ部門)の3部門で受賞を果たした名作だ。監督・脚本・主演の3役を兼ねたロベルト・ベニーニがアカデミー賞の授賞式で、嬉しさのあまり、椅子の上を飛びはねまくって転げ落ちそうになっていたのは、今でも鮮明に記憶に残っている。

映画館で何の期待もせずに見た作品だったが、圧倒された。世界大戦、ユダヤ人迫害を題材にした話でありながら悲壮感がなく、随所にユーモアが散りばめられている。グイドがナチス兵のドイツ語を、デタラメにイタリア語に通訳するシーンは腹を抱えて笑った。しかしエンディングでは号泣。息子の前に戦車が現れた時は、これまでに張られてきた伏線がつながり、その計算された脚本に爽快感さえ覚えた。

どんな悲惨な状況でも希望を忘れず、命がけで子供を守る父の姿に心打たれない人はいないだろう。守るべき存在を持つ者の強さ、人間の愚かさと素晴らしさ、そしてタイトルが語るように「人生は美しい」ということを実感させてくれる愛に満ちあふれた映画だ。

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『ライフ・イズ・ビューティフル』
監督・脚本:ロベルト・ベニーニ
出演:ロベルト・ベニーニ 、ニコレッタ・ブラスキ
製作年:1998年
製作国:イタリア
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vol.95 『ロスト・イン・トランスレーション』 by 野口博美


11月のテーマ:壁

自分のしゃべる言語が全く通じない国に行くのは恐ろしいものだ。
そこには言葉の壁がたちはだかっている。
それでも、かけがえのない出会いや、思いがけない経験が待ち受けていることがあるのも確かだ。

ハリウッドスターのボブ(ビル・マーレイ)は、コマーシャル撮影のため日本を訪れた。
優秀とはいえない通訳は撮影スタッフの指示を半分も伝えてくれないし、珍妙な番組に出演させられたり、歓迎の印としてホテルの部屋に娼婦をあてがわれたり(実際にあることなのだろうか?)慣れない文化にボブはとまどいを隠せない。
そんな中、彼はカメラマンの夫について日本に来ていたシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)と出会い、お互いに異国で孤独を感じていた2人は次第に心を通わせていく。

でたらめな英語で話しかけてくる日本人を相手に何とか意思の疎通を図ろうとするボブの姿は何だか可愛らしく見える。
LとRの発音をごちゃまぜにして"Lip my stocking!"とボブにつめよる娼婦にはちょっと笑えたが、同じ日本人として何だか恥ずかしくもなる。

ボブたちの目から見ると、見慣れた東京の街並みも新鮮に見えるから不思議だ。
しゃぶしゃぶを食べに行き、「客に料理を作らせるレストランなんてひどい」とつぶやく彼には、確かにそうだよね、と共感したくなるし、神前式の結婚式はいつもより神聖なものに見える。

本作はフランシス・フォード・コッポラの娘、ソフィア・コッポラが「ヴァージン・スーサイズ」に次いで監督を務めた作品だ。ユーモアにあふれていて、とてもおしゃれで美しい作品だと思う。
ご覧になっていない方には、ぜひおすすめしたい1本だ。
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『ロスト・イン・トランスレーション』
監督:ソフィア・コッポラ
出演:ビル・マーレイ、スカーレット・ヨハンソン ほか
製作年:2003年
製作国:アメリカ/日本
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