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2010年10月 アーカイブ

vol.92 『いまを生きる』 by 浅川奈美


10月のテーマ:先生

いかなる場所にいようとも、周囲のものこれ皆、師なり。

周りから常に学ぶことができると私は思っている。だからといって私が、生きている環境が恵まれていて、尊敬に値する人たちにいつもいつも囲まれているというわけではない。好ましくない事柄や、思いもかけない不運に遭遇することだって多々ある。そりゃショックだし、落ち込みもする。
でもそんなときは、むしろ学ぶチャンス。起きてしまった事からいかに学ぶか。
要は心のあり方いかんなのだ。
「はいはい、反面教師」とか、「どうしてこんなこと言っちゃうんだろう、この人は」と、相手の思考や根拠を推測したり、「むしろ軽く済んだほう。感謝、感謝。いい勉強ができた」と楽観的に考えるようにしている。
これらの原動力は、そう、好奇心。
メディアに関わっているものとして、好奇心がなければ死んだも同然だと思うのだ。大事なのは脳内をとめないこと。人間は刺激なくては生きていけないのだから。

『いまを生きる』。ご存知ロビン・ウィリアムズ主演の人間ドラマである。
1959年、アメリカの名門全寮制高校。伝統と規律や親の期待に縛られながら、退屈に過ごしていた生徒たちの前に現れたのは、同校OBの教師キーティング(ロビン・ウィリアムズ)。教科書を破り捨てさせ、彼は言う。

「何かを読んだら、作者の考えでなく自分の考えもまとめてみろ。
そして自分だけの答えを見つけるんだ。」

先人たちが残していった詩。文字だけでは決して知りえないその情熱に触れ、込められた思いを読み解き、自分が感じたものと対峙する。なんと素晴らしいことか。規律や、体裁に縛られた彼らにとってそれは刺激的であり、時に危険でさえもある。

Carpe diem!
Seize the day


映像の業界においても、様々な先人がいる。翻訳をしていく上でも、いろんな境遇に遭遇したり、いろんな先生に出会っていくだろう。思うように自分の力が発揮できない、とか、周囲と比べて劣等感を感じたり、身の丈を思い知らされるような苦しい状況に直面することなんてこと、多々ある。そんな折、『いまを生きる』のキーティング先生に会いに行くのはどうだろう。彼のメッセージがきっとあなたに届く。

新しい物事や思想に触れたい、学びたいという心さえあればよいのである。

この作品とともに、記憶に留めていただきたい言葉がある。

師の跡を求めず、
師の求めたるところを求めよ。
(孔子)

大切なのは、「師が残していったもの」ではなく、「師が求めている姿勢」なのではないだろうか。
師の業績を踏襲しているのみでは、己の目指すところはそれ以下になってしまうと思う。

10月期がスタートした。
今一度、己にも言い聞かせたい言葉である。

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『いまを生きる』
監督:ピーター・ウィアー
出演:ロビン・ウィリアムズ、イーサン・ホーク ほか
制作年:1989
製作国:アメリカ
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vol.93 『天才マックスの世界』 by 桜井徹二


10月のテーマ:先生

この映画の主人公であるマックスの高校生活はとても濃密だ。名門私立校に通うマックスは数々の課外活動に打ち込んでいて、学校新聞発行人に始まり、フェンシングクラブ部主将、ディベートクラブ部長、養蜂クラブ部長、模擬国連ロシア代表、演劇部の演出家、ラクロスチームマネージャーなど19もの肩書きを掛け持ちしている(ただし学業はそっちのけなのだが)。

さらにマックスは、小学部の女性教師に恋をしてしまい、それまでクラブ活動に向けていた情熱を彼女に注ぎ込む。それがちょっとした騒動を引き起こし、やがてマックスは大きな挫折を味わうことになる。

一言でいえばマックスは変わり者、もしかしたら落ちこぼれと言えるかもしれない。でも彼の毎日はとても充実しているように見える。無二の親友もいるし、教師への恋心は結局報われることはないものの、傷心は彼を大きく成長させることになる。

翻って僕の場合はといえば、高校3年間のうち記憶にある思い出をかき集めて時間に直しても、おそらく2時間ぶんくらいにしかならないような気がする。何か目立った事件があったわけでもクラブ活動に熱心だったわけでもなければ、もちろん先生に恋をした記憶もない。たんに記憶力の問題もあるとは思うけれど、それ以前に、まあ何というか、相当に色彩を欠いた青春時代だったのだろう(ただそれを言うなら、中学や高校の頃、毎日何をして過ごしていたのかと聞かれてすらすらと思い出せる人がどのくらいいるのだろうか)。

でも、この映画のいいところは、そんな僕でもマックスの気持ちが手に取るように(そして時には痛いほど)わかるところだ。僕とマックスはまったく違う人生を生きていて性格も何もかも大違いなのに、この映画を見ている間、僕は彼の人生を生きられる。名門校に通い、演出家として活躍し、美しい教師に熱をあげられる。

監督のウェス・アンダーソンはそういう魅力的な変わり者を描くのが抜群に上手で、『ロイヤル・テネンバウムス』も登場人物はことごとく変人ばかりなのに、僕はそのことごとく全員に自分を見てしまう。だからこそ、僕は「こうであったかもしれない人生」を追体験するために、この2本の映画を繰り返し見返してしまうのだ。

ちなみに、劇中でマックスは演出家として『セルピコ』と『地獄の黙示録』らしき作品を上演する(高校の演劇で、ですよ)。そのシーンがとびきり最高なので、ぜひ見てみてください。

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『天才マックスの世界』
監督:ウェス・アンダーソン
出演:ジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイ ほか
製作年:1998年
製作国:アメリカ
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