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vol.93 『天才マックスの世界』 by 桜井徹二


10月のテーマ:先生

この映画の主人公であるマックスの高校生活はとても濃密だ。名門私立校に通うマックスは数々の課外活動に打ち込んでいて、学校新聞発行人に始まり、フェンシングクラブ部主将、ディベートクラブ部長、養蜂クラブ部長、模擬国連ロシア代表、演劇部の演出家、ラクロスチームマネージャーなど19もの肩書きを掛け持ちしている(ただし学業はそっちのけなのだが)。

さらにマックスは、小学部の女性教師に恋をしてしまい、それまでクラブ活動に向けていた情熱を彼女に注ぎ込む。それがちょっとした騒動を引き起こし、やがてマックスは大きな挫折を味わうことになる。

一言でいえばマックスは変わり者、もしかしたら落ちこぼれと言えるかもしれない。でも彼の毎日はとても充実しているように見える。無二の親友もいるし、教師への恋心は結局報われることはないものの、傷心は彼を大きく成長させることになる。

翻って僕の場合はといえば、高校3年間のうち記憶にある思い出をかき集めて時間に直しても、おそらく2時間ぶんくらいにしかならないような気がする。何か目立った事件があったわけでもクラブ活動に熱心だったわけでもなければ、もちろん先生に恋をした記憶もない。たんに記憶力の問題もあるとは思うけれど、それ以前に、まあ何というか、相当に色彩を欠いた青春時代だったのだろう(ただそれを言うなら、中学や高校の頃、毎日何をして過ごしていたのかと聞かれてすらすらと思い出せる人がどのくらいいるのだろうか)。

でも、この映画のいいところは、そんな僕でもマックスの気持ちが手に取るように(そして時には痛いほど)わかるところだ。僕とマックスはまったく違う人生を生きていて性格も何もかも大違いなのに、この映画を見ている間、僕は彼の人生を生きられる。名門校に通い、演出家として活躍し、美しい教師に熱をあげられる。

監督のウェス・アンダーソンはそういう魅力的な変わり者を描くのが抜群に上手で、『ロイヤル・テネンバウムス』も登場人物はことごとく変人ばかりなのに、僕はそのことごとく全員に自分を見てしまう。だからこそ、僕は「こうであったかもしれない人生」を追体験するために、この2本の映画を繰り返し見返してしまうのだ。

ちなみに、劇中でマックスは演出家として『セルピコ』と『地獄の黙示録』らしき作品を上演する(高校の演劇で、ですよ)。そのシーンがとびきり最高なので、ぜひ見てみてください。

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『天才マックスの世界』
監督:ウェス・アンダーソン
出演:ジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイ ほか
製作年:1998年
製作国:アメリカ
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