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2011年2月 アーカイブ

vol.100 『フルメタル・ジャケット』 by 藤田庸司


2月のテーマ:鬼

いよいよ冬本番。僕の最も苦手な2月に入った。今月のJVTAブログのテーマは"鬼"。タイミングのいいことに、節分である2月3日に原稿を書くことになった。
さて、月ごとにテーマが決まっているJVTAブログだが、お題に沿って文章を書くのは意外と難しい。今回は鬼に関連する映画について書かなければならないわけだが、鬼の登場する作品を思い返してみても邦画・洋画共に一つとして思い浮かばない。そもそも西洋には日本でいう"鬼"らしきものが存在するのだろうか?よく分からない。
そこで言葉を扱う仕事人として、鬼に関連する言葉から切り口を探してみた。鬼ごっこ、鬼の霍乱、鬼の居ぬ間に洗濯、鬼嫁、鬼ころし...(笑)。そして、これぞと思いついたのが"鬼軍曹"!今回は泣く子も黙る鬼軍曹が登場するスタンリー・キューブリック監督の戦争映画を紹介したい。

『フルメタル・ジャケット』
ヴェトナム戦争さなかのサウスカロライナ州合衆国海兵隊新兵訓練基地。ジョーカー(マシュー・モディーン)、パイル(ヴィンセント・ドノフリオ)、カウボーイ(アーリス・ハワード)らは、一人前の兵士になるべく8週間におよぶ地獄の特訓を受けていた。坊主頭の青年たちは、鬼軍曹ハートマン(R・リー・アーメイ)からウジ虫呼ばわりされながらも厳しい訓練に耐え続け、次第に屈強な兵士へと成長していく。そんな中、何をやらせてもノロマで不器用なパイルはハートマンに目を付けられシゴきの対象となる。あげくはパイルのミスのとばっちりが他の訓練兵にも及び、パイルは仲間からもイジメられリンチを受けるハメに。そんなパイルをジョーカーは精一杯かばうが、パイルは徐々に精神に異常をきたし、卒業前夜、遂に大事件を引き起こしてしまう。
やがて一人前の海兵隊員となった青年たちは、それぞれの部隊に配属され、狂気の渦巻く戦地ベトナムへと旅立っていくのだった。

作品の冒頭からマシンガンのように連発されるハートマン軍曹の罵り言葉が、見る者に強烈なインパクトを与える。作品の50%はこの鬼軍曹のキャラクターで成り立っていると言っても過言ではない。役を演じるR・リー・アーメイは、実際に海兵隊員としてベトナム戦争に参加したことのある正真正銘の軍人で、新兵訓練所で教練指導官を務めた経歴も持つ。ハートマン軍曹のセリフの一部はアーメイのアドリブらしく、その鬼気迫る罵声に、キャストの中には本気で腹を立てた者もいると言われる。
僕は講義の中で「字幕で使用するために、汚い言葉や罵り言葉のネタ帳を作りましょう。」と冗談交じりに話すことがあるが、新兵たちをこれでもかと罵倒する鬼軍曹のセリフが、どんな風に字幕として訳出されているか是非チェックしてほしい。多彩な表現に圧倒されること必至だ。

戦争映画は数あれどハッピーエンドな作品などない。勝とうが負けようが、人間同士が殺し合い、血が流れ、結局は悲しみが残るだけ。
厳つくもどこか滑稽で、あっけなく死んでしまうハートマン軍曹というキャラクターは、戦争の愚かさを風刺したキューブリックの思想の表れではないだろうか。
"鬼"とは人の心が作り上げた狂気の象徴なのかもしれない。

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『フルメタル・ジャケット』
監督:スタンリー・キューブリック
製作年:1987年
製作国:アメリカ
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