今週の1本

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2011年5月 アーカイブ

vol.104 『カンバセーションズ』 by 野口博美


4月のテーマ:テレビ

この頃、映画といえば、もっぱらDVDをレンタルして家のテレビで観ることが多い。
私はラブストーリーがちょっと苦手であまり手を出さないのだが、出演している俳優を目当てに借りた作品が意外にすごく気に入ったので、皆さんにご紹介したいと思う。

華やかな結婚式の場面から物語は始まる。式場の中でタバコを吸える場所を探し求めているヘビースモーカーの女(ヘレナ・ボナム=カーター)。そんな女を見つめる男(アーロン・エッカート)は彼女に近づき、初対面であるかのように会話を始めるが、2人の間にはかつてほんの短い間、結婚していたという過去があった。

女は翌朝にはイギリスに帰らなければならない。数時間しかないわずかな時の中で会話を重ねながら、2人はお互いの変わってしまった部分にとまどいながらも昔と同じ思いをいまだに抱いていることを隠せない。

この作品の特徴を挙げると登場人物がえらく少ない。主人公たちの夫や彼女、妹などが登場するが、それもほんの一瞬で彼らと面と向かって会話をすることはない。
作品の大半はタイトルどおり、2人の会話によってのみ成り立っている。
主人公たちの名前すら最後まで明らかにならないのだ。

画面は常に2分割されていて、一方には男の視点、もう一方に女の視点が描かれることもあれば、2人が過ごしてきた過去の思い出と現在の状況だったり、実際に口に出すセリフと心の中の思いが同時に映し出されたりする。

サントラには全編をとおしてカーラ・ブルーニの曲が使われている。ちょっと切ない大人の恋の世界にぴったりだと思う。

かつての恋人といつか再会したら、こんな気分になるのかもと想像して勝手に切なくなってしまった。それにしても女は冷たいな、と思ってしまう作品だ。

何にしても映画は大きなスクリーンで観るのが一番。今後はテレビではなく、映画館に足を運ぶ時間を作れたらと思う。

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『カンバセーションズ』
監督:ハンス・カノーザ
出演:ヘレナ・ボナム=カーター、アーロン・エッカート他
製作国:アメリカ/イギリス
製作年:2005年
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vol.105 『B.I.K.E』 by 相原拓


5月のテーマ:自転車
今月のテーマは「自転車」だと知って焦った。キラリならまだしも今週の1本となると、書ける内容がかなり限られてしまう。自転車と聞いてぱっと思い浮かぶ映画などないし、そもそも5月との関連性が全く見いだせない。数日間悩んだ末、ようやく1本の映画を思い出した。MTCのディレクターになって初めて字幕収録に立ち会った作品、『B.I.K.E』だ。

内容については後ほど触れるとして、まずは収録について書きたい。MTCが受発注している案件には字幕原稿のみのやり取りで完結するものが多い。CS放送などの番組がいい例だ。ディレクターはクライアントから翻訳の依頼を受け、翻訳者さんに字幕の作成をお願いする。その後、納品されてきた原稿をチェック・修正したものをクライアントに納める。これが基本的な流れ。ただ案件によっては、字幕データだけではなく完パケが必要になることもある。例えば、映画祭からの依頼であれば、十数作品(現在、翻訳作業が進行中のショートショートフィルムフェスティバルに至っては数十作品)もの映画を一斉に翻訳プラス収録し、上映用のデジタルテープとして納品する。

では収録時にスタジオで何をするのか。すでにチェックを重ねていてクライアントのOKも出ている原稿であれば、単にデータをテープに流し込むだけでいいのでは?と思われるかもしれないが、実際は収録時のチェックこそが本当の意味での最終チェックになるので、非常に重要なステップなのだ。

これまでの経験から言うと、スタジオで全く修正がいらなかったということはほとんどない。まずチェックするポイントとしては、言うまでもないが、字幕の内容。翻訳者さんもディレクターも日々完璧な原稿を目指して仕事するわけだが、ヒューマンエラーによる誤字・脱字などのミスを100%なくすのは難しい。だからこそ収録前のチェックに全力を尽くす必要があり、収録時のチェックは、こういったミスを可能な限りゼロに近づけるための最終手段となる。

内容以外のところではフォーマット的な修正も発生することがある。字幕の位置やフォントのサイズ、テロップを出すタイミングなど。この辺りはクライアントの細かい要望もあるので、ディレクターが勝手に判断できないことが多い。収録してしまってからでは遅いので、その場で意見を聞けるよう収録する際は、基本的にクライアントに立ち会っていただくようにしている。

ちなみに『B.I.K.E』の時は、スタジオでの修正はほとんどなかった。当時、僕はまだ見学する身で何も分かっていなかったが、今思えば、あのように滞りない収録を可能にしたのは事前の徹底的なチェック、そして元の翻訳原稿の質だったのだろう。お陰で僕は仕事を忘れ(同席していた2人の先輩がしっかりとチェックしていたので・・・)一視聴者として普通に作品を楽しんでしまった。

やや強引だが最後に軽く作品紹介を。本作はBlack Label Bike Club (BLBC)と名乗るアメリカの自然保護団体を追ったアンダーグラウンド・ドキュメンタリー。自然保護団体というと響きはいいが、BLBCは一見するとギャングも同然。ただ彼らには彼らなりの理念・ビジョンなるものがあり、「エコ」という言葉が連想させるような生ぬるい活動ではなく、大量消費・物質主義が蔓延する現代社会をぶち壊すことを存在意義とするようなアウトロー集団なのだ。ほとんどのシーンが暴力やドラッグに溢れている本作は決して万人向けではないが、見る者は、現代社会の在り方について改めて考えさせられるはず。公式サイトにてDVDが販売されているので、興味のある方には是非ご覧いただきたい。

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『B.I.K.E』
監督:ジェイコブ・セプティマス & アンソニー・ハワード
製作国:アメリカ
製作年:2005年
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vol.106 『ヒドゥン』 by 浅野一郎


5月のテーマ:自転車

今回紹介しようと思っている映画は、前に桜井が書いていた、人生の入学試験では、間違いなく"不合格"の烙印を押される選択だろうが、好きなものは仕方がないので、勇気を出して紹介したいと思う。
自転車と聞いた瞬間に思い出す映画、僕の場合は「フラッシュダンス」だ。 映画のオープニングで、主人公の女性が自転車に乗って出勤するシーン。

70年代に日本で一世を風靡した"ロードマン"という型によく似た自転車で、颯爽と街を走る姿が強く記憶に残っている。だが、もっと記憶に残っているのが主演俳優のマイケル・ヌーリー。彼はこの5年後、「ヒドゥン」に出演し、僕にとって忘れられない俳優となった。

自転車→フラッシュダンス→ヌーリーという流れで話を進めたい。
かなり無理やりだが、というわけで、今回、自転車をテーマ(というか出発点)として紹介したい映画は「ヒドゥン」本作はアヴォリアッツ映画祭のグラ ンプリに輝き、映画界にSFホラー・刑事アクション・ヒューマンドラマ・コメディという新ジャンルを築いた名作だ。

映画は、 主人公のマイケル・ヌーリー演じる地元の刑事と、カイル・マクラクラン演じるFBI捜査官が、最初は反発しあいながらも、ある凶悪事件を解決していく刑事ストーリーが軸になっている。しかし、話はそんなにシンプルではない。
犯人は身の危険を感じると他人の身体に乗り移る寄生型エイリアンで、ヘヴィ・メタルとフェラーリが何より好きという性癖を持っている変わり者。しかも、乗り移る相手にも基準があり、最後は上院議員に標的を定め、大統領に立候補するという野望を燃やす向上心の高さも見せつける。

エイリアンには特殊な武器でないとダメージを与えられない(人間には、組成が違うとのことで効かない)、悪玉エイリアンはグチョグチョタイプ、一方、善玉のほうはキレイなエクトプラズムタイプ、準主役はなかなか乗っ取られない... 数え上げたらきりがないが、たしかにこの映画は安っぽいご都合主義に満ちている。

しかし、アクションシーンのリアリティを左右する小道具のディテール、そして、ラストの感動はそんな些末事を吹き飛ばしてくれるだろう。
チープな雰囲気を感じつつも、見始めたら最後までグイグイ引っ張られるスピード感に溢れているのも、魅力の一つだ。

ちなみに、刑務所のシーンでは、あのダニー・トレホが出演している。もちろん、警官役ではなく囚人役。おそらくカメオではなく、本当に単なる端役として出ているのだろうが、トレホファンにとっては、たまらないシーンだ。


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『ヒドゥン』
監督:ジャック・ショルダー
出演:カイル・マクラクラン、マイケル・ヌーリー他
製作国:アメリカ
製作年:1988年
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