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2011年6月 アーカイブ

vol.107 『マリー・アントワネット』 by 杉田洋子


6月のテーマ:半分

最近、古いフランス映画を続けて観た影響か、きれいで可愛いものが見たくなって、遅ればせながら鑑賞してみたのがこの作品だ。
公開当初、内容についてあまり絶賛の声を聞いていなかったので、目の保養と思って見たのだが、思った以上に引きこまれてしまった。1人の女性として、共感できたり、尊敬できる部分が多々あったからだ。

恥ずかしながらマリー・アントワネットについて私が知っていたことと言えば、"パンがなければお菓子を食べればいいじゃない"という有名な文句と、ぜいたく三昧で国民の怒りを買った、ギロチンになったということぐらい。
"パンがなければ~"と言ったのが、実は彼女じゃないということも知らなかった。

映画の中での彼女は、ポジティブで、正直で、個人的には好感が持てた。若くして他国の王室に嫁ぎ、あほらしくなるような形式主義に違和感や空しさを覚え、自分の直感を信じ、はっきりと異を唱える。
一方、夫であるルイ16世は性的機能に問題をかかえており、女性としては満たされない日々が続いていた。応えてもらえない空しさと、ご懐妊を待つ周囲からのプレッシャー。自分の存在意義を問いただしたくなるような板挟みの中で、ある時を境に彼女は吹っ切れる。そしてようやく、私たちの多くが知っている、ファッションやパーティー、ギャンブルに傾倒した散在生活が始まる。

"いいじゃないか"。それが私の感想だった。暗くなって、絶望して、下を向いてるより、アルコールにおぼれて体を壊すより。もちろん限度はあるだろうし、周りにも迷惑かけただろう。けれど、明るく前向きに乗り切る方法を見つけたのなら、それでいいじゃないかと。

完全に満たされた状態なんて人生に何度訪れるだろうか。訪れたとしても、それは瞬間的ないくつかの点にすぎないだろう。あとの大半はどっちかこっちか(これって方言だと指摘されたのですが、二兎は得られませんよ、どっちか良ければどっちか悪いよ、っていう意味で使っています)で、それでもよい方に支えられて、何とか前を見て歩いているのではないか。誰だって。ただ彼女が王妃で、住処がお城だっただけのこと。
それでも夫のそばを離れず、ようやく恵まれた子どもを心から愛し、毅然とした態度で生き抜く姿は(もちろん、この映画の中での彼女だけれど)、女性として尊敬できた。

史実の忠実な再現というよりは、1人の女性を描いたドラマであることは、制作側も明らかにしていることだが、すべての行動にきっかけや原因があるとすれば、むしろ自然なこととして受け入れられる。単なる正当化じゃなく、これなら合点がゆくな、と。当時の民衆に見えていたのも、都合よく解釈した、彼女のほんの半面(もないか)でしかなかったはずだ。

お金や地位があっても孤独、というのは、よく取り上げられるテーマだけれど、この作品は、現代の一般女性の心にも通じる普遍的な心理を描いた、女性監督ならではの作品だと思う。

あ、もちろん、ファッションや色とりどりのお菓子に小物まで、視覚的にも大変楽しめました。

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『マリー・アントワネット』
監督:ソフィア・コッポラ
出演:キルティン・ダンスト、ジェイソン・シュワルツマン他
製作国:アメリカ
製作年:2006年
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vol.108 『ベスト・キッド』 by 藤田庸司


6月のテーマ:半分

子供の頃、100円玉を山積みにしてアーケードゲームをしたり、チロルチョコを箱買いする大人を見て、「早く大人になりたいな~」と思ったものだ。半人前ではなく一人前。
誰にも頼らず自分一人の力で何でもできる大人のパワーに憧れた。男児ということもあり、とりわけ"強いもの""力"に憧れていた少年時代、ヒーローはジャッキー・チェンだった。『クレイジーモンキー/笑拳』や『ドランク・モンキー/酔拳』は、それまで親に連れられて足を運ぶ"東映まんがまつり"こそが映画と思っていた僕が、洋画の世界へと足を踏み入れるきっかとなった作品だ。そんなジャッキー・チェン映画も、中学校に入る頃にはめっきり観なくなるのだが、最近ウィル・スミスの息子、ジェイデン・スミスが主演の『ベスト・キッド』に遭遇した。

ラルフ・マッチオ主演の『ベスト・キッド』のリメイク版としても話題を呼んだ本作だが、ジェイデン・スミス演じるドレにカンフーを指南する役としてジャッキー・チェンが出演している。オリジナル版、リメイク版を問わず、泣き虫キッドがベスト・キッドへと成長していく様は何とも勇ましく爽快だが、リメイク版では円熟した演技を見せるジャッキー・チェンに驚くと同時に、まるで何十年も会っていなかった幼馴染に会ったような感慨深いものを感じた。子供の時分に観た『クレイジーモンキー/笑拳』や『ドランク・モンキー/酔拳』では、師匠に手厳しくしごかれるジャッキーが、本作では逆に師となって少年をしごき、一人前のカンフーマスターにすべく鍛え抜く。かつては腕っ節に物を言わせて演技をしていたジャッキーが、本作ではセリフも少なく、目線や表情で孤独な初老男性を演じ上げているではないか。

一人前に成長したジャッキー。"幼馴染"の成長を目の当たりにし感銘を受けた僕はといえば、あの頃から数十年、自他共に認めるオッサンになったものの精神的にはあまり変わっておらず、事あるごとに己の未熟さに反省を繰り返す半人前である。僕がジャッキーのように一人前になれる日は来るのだろうか?来ないかもしれない。でも努力は続けよう。ベスト・キッドは無理だが、ベスト・オッサンなら可能性はある。

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『ベスト・キッド』
監督:ハラルド・ズワルト
出演:ジェイデン・スミス、ジャッキー・チェン
製作国:アメリカ/中国
製作年:2010年
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