今週の1本

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2011年3月 アーカイブ

vol.101 『エイプリルの七面鳥』 by 藤田奈緒


3月のテーマ:パーティー

今は異国に引っ越してしまったので、会う機会がぐっと減ってしまったけれど、とてももてなし上手の友達がいる。学生時代にはオムレツを作るのがやっとだったのに、大学を卒業して結婚して、あれよあれよという間に料理の腕を上げていった。彼女の家に招かれて行くと、いつもテーブルには溢れんばかりのお皿が並び、それを目にするだけで思わず笑みがこぼれたものだった。テーブルを囲む人数の大小にかかわらず、彼女の手料理は毎回がまるでパーティーのような高揚感を与えてくれた。

料理をする(=ものを食べる)という行為は、もちろん私たちが生きるために必須なことだけれど、それよりも何よりも、大げさに言うならば"生きる喜び"を感じさせてくれる行為だと思う。理由は1つ、料理には作った人の食べる人に対する思いがこめられているから。その思いを受け取りながら口に運ぶ料理の味は間違いなく格別だ。

おぼつかない手つきで包丁を握り、つるつる滑る七面鳥を落っことしながら、手当たり次第に野菜を詰め込むエイプリル。彼女が人生で初めての料理に挑戦しているのには理由があった。折り合いが悪く疎遠になっていた母親がガンで余命わずかと知り、思い切って家族全員を感謝祭のディナーに招くことにしたのだ。

久しぶりに会う家族を思い浮かべながら、ネームカードを用意し、家中を飾りつけ、あとは七面鳥をオーブンに入れるだけ、というところでオーブンの故障が発覚。みんなが到着するまであと数時間。エイプリルはオーブンを貸してくれる人を探し、アパート中を駆けずり回ることになる。果たして母の好物の七面鳥のローストは無事焼きあがるのか...?

数時間後、一時は絶望感から涙を流したエイプリルは満面の笑みをたたえていた。オーブンを貸してくれた中国人一家に、ボーイフレンド、そしてやっと再会できた最愛の家族に囲まれて。テーブルの上にはこんがり焼きあがった七面鳥とたくさんの料理、笑顔でない人など1人もいない。部屋中が幸せな笑いに満ち溢れている。

たとえ詰め物がインスタントでも、ローワー・イーストサイドのぼろアパートの階段を何度も上り下りした七面鳥でも、エイプリルの感謝祭のパーティーは大成功だ。それはその場にいるみんなの顔を見れば分かる。テーブルに並ぶ料理には文字どおり、エイプリルの渾身の思いがこもっている。

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『エイプリルの七面鳥』
監督:ピーター・ヘッジズ
出演:ケイティ・ホームズ、パトリシア・クラークソン他
製作国:アメリカ
製作年:2003年
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vol.102 『パリ、テキサス』 by 桜井徹二

知り合って間もない異性に「どんな映画が好きなんですか?」と聞かれたら、それは人生におけるちょっとした入学試験だと思ったほうがいい。異性の友人がある時、そう教えてくれた。

友人の言いたいことはなんとなく分かる。好きな映画というのは、小説や音楽と同じく、その人物のレジュメの1項目になり得るということだろう。その答えによって、質問者は回答者に何らかの評価を下すことになる。

学生くらいの頃はそういう質問をされた時、何の考えもなしに「『悪魔のいけにえ』かな」とか「最近では『スターシップ・トゥルーパーズ』かな」などと答えていたが、大人になった今では少なくともそういう答えが彼女の言う"正解"でないことはわかる。

だが、さすがにまったく好きではない映画を挙げるわけにもいかず、と言ってどういう作品が"正解"なのかもよくわからずにいる。『ラブ・アクチュアリー』とかなのだろうか?(でも別に好きではない) それとも『ロード・オブ・ザ・リング』とか?(好きだけど、なんかちょっと違う気がする)

なので、実際に「どんな映画が好きなんですか?」という場面に遭遇すると、つい「何というか、乾いた映画というか...」なんていう答えを返してしまう。これは自分としてはそれなりに的確な表現だとは思ってはいるものの、いきなり「乾いた映画が好き」なんて言ったところで、相手は困惑しているのが明らかなだけにとても気まずい。

その気まずさを打ち破るために、僕はあわてて具体的な作品名を挙げる。「例えば『パリ、テキサス』とかさ...」。でも大体の場合において、この答えで気まずさは減ずるどころか、ますます募るだけだ。

言うまでもなく『パリ、テキサス』はそれなりに有名な映画だし、優れた作品だということは多くの人が認めるだろうと思う。映画でも小説でも「ここに描かれているのは自分のことかもしれない」と思わされる作品が稀にあるが、僕にとっては『パリ、テキサス』もそういう種類の作品だ。

だが一方で、この映画は誰もが見たことのある作品とまでは言えないし、みんなで話が盛り上がる類の作品とも言えない。またごく大ざっぱに言って、女性に人気があるタイプの映画とも思えない。そういう意味では「どんな映画が好きなんですか?」の答えとして、やはり"正解"とは言いがたいのは確かだ。

僕たちの日常はこうしたささやかな入試問題で満ちあふれている。誰かと会話していれば、「好きな食べ物は?」「行ってみたい国は?」「応援している野球チームは?」「好きな地下鉄は?」といった問いが次々と発せられる。

そうした問い1つ1つへの答えが積み重なって、ひいては自分と他人との関係を形作る。だからこそ1つ1つを入試問題になぞらえて、慎重に、正解により近い答えを出すことが他人との関係作りにおいては重要だ、というのが先の友人の発言の趣旨なのだろう。

でも、そう分かっていて他の答えを準備しようと思っていても、いきなり「どんな映画が好きなんですか?」と聞かれると、僕はやっぱり「『パリ、テキサス』とか...」と答えてしまう。それなりに身構えていても、結局「まあ、いいか」という気分になっていつもどおりの答えをしてしまう。正解を導きだすことは可能だとしても、自分以外の人間になるのは簡単ではないのだ。


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『パリ、テキサス』
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキー他
製作国:フランス=西ドイツ
製作年:1984年
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