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vol.102 『パリ、テキサス』 by 桜井徹二

知り合って間もない異性に「どんな映画が好きなんですか?」と聞かれたら、それは人生におけるちょっとした入学試験だと思ったほうがいい。異性の友人がある時、そう教えてくれた。

友人の言いたいことはなんとなく分かる。好きな映画というのは、小説や音楽と同じく、その人物のレジュメの1項目になり得るということだろう。その答えによって、質問者は回答者に何らかの評価を下すことになる。

学生くらいの頃はそういう質問をされた時、何の考えもなしに「『悪魔のいけにえ』かな」とか「最近では『スターシップ・トゥルーパーズ』かな」などと答えていたが、大人になった今では少なくともそういう答えが彼女の言う"正解"でないことはわかる。

だが、さすがにまったく好きではない映画を挙げるわけにもいかず、と言ってどういう作品が"正解"なのかもよくわからずにいる。『ラブ・アクチュアリー』とかなのだろうか?(でも別に好きではない) それとも『ロード・オブ・ザ・リング』とか?(好きだけど、なんかちょっと違う気がする)

なので、実際に「どんな映画が好きなんですか?」という場面に遭遇すると、つい「何というか、乾いた映画というか...」なんていう答えを返してしまう。これは自分としてはそれなりに的確な表現だとは思ってはいるものの、いきなり「乾いた映画が好き」なんて言ったところで、相手は困惑しているのが明らかなだけにとても気まずい。

その気まずさを打ち破るために、僕はあわてて具体的な作品名を挙げる。「例えば『パリ、テキサス』とかさ...」。でも大体の場合において、この答えで気まずさは減ずるどころか、ますます募るだけだ。

言うまでもなく『パリ、テキサス』はそれなりに有名な映画だし、優れた作品だということは多くの人が認めるだろうと思う。映画でも小説でも「ここに描かれているのは自分のことかもしれない」と思わされる作品が稀にあるが、僕にとっては『パリ、テキサス』もそういう種類の作品だ。

だが一方で、この映画は誰もが見たことのある作品とまでは言えないし、みんなで話が盛り上がる類の作品とも言えない。またごく大ざっぱに言って、女性に人気があるタイプの映画とも思えない。そういう意味では「どんな映画が好きなんですか?」の答えとして、やはり"正解"とは言いがたいのは確かだ。

僕たちの日常はこうしたささやかな入試問題で満ちあふれている。誰かと会話していれば、「好きな食べ物は?」「行ってみたい国は?」「応援している野球チームは?」「好きな地下鉄は?」といった問いが次々と発せられる。

そうした問い1つ1つへの答えが積み重なって、ひいては自分と他人との関係を形作る。だからこそ1つ1つを入試問題になぞらえて、慎重に、正解により近い答えを出すことが他人との関係作りにおいては重要だ、というのが先の友人の発言の趣旨なのだろう。

でも、そう分かっていて他の答えを準備しようと思っていても、いきなり「どんな映画が好きなんですか?」と聞かれると、僕はやっぱり「『パリ、テキサス』とか...」と答えてしまう。それなりに身構えていても、結局「まあ、いいか」という気分になっていつもどおりの答えをしてしまう。正解を導きだすことは可能だとしても、自分以外の人間になるのは簡単ではないのだ。


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『パリ、テキサス』
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ハリー・ディーン・スタントン、ナスターシャ・キンスキー他
製作国:フランス=西ドイツ
製作年:1984年
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