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vol.103 『ラリーのミッドライフ★クライシス』 by 藤田彩乃


4月のテーマ:テレビ

超有名人気コメディシリーズ「となりのサインフェルド」の生みの親であるラリー・デイヴィッド。浮世離れしていてアメリカの慣習や文化に疎く、変なこだわりを持ち、思ったことは何でもかんでもストレートにすぐ口に出さずにはいられない。周囲の些細な言動にイラつき文句を言ってばかりのラリーだが、実は周囲もラリーの暴言や毒舌にムカつき憤慨している。しかし、当の本人は周囲がなぜ怒っているのか全く分かっていない。その素っ頓狂な言動がさらに事を大きくするあたりが、見ていてとにかく面白い。一世を風靡した「となりのサインフェルド」も終了し、人生にぽっかり空いた穴を埋めようと奮闘する中年ラリーのさえない日常を描いたコメディだ。

本作にはアメリカの慣習、文化、暗黙の了解、タブー、時事ネタなどが皮肉たっぷりに、面白おかしく描かれている。文化背景を知らないと理解できないジョークも多いが、全編にわたってSarcasmやPlay on Wordsの嵐。アメリカ文化を学ぶのには最適の番組だと思う。今回は数あるエピソードの中からアメリカ文化を描いたものをご紹介しよう。

●シーズン1 エピソード7:クラクションでトラブル(原題「AAMCO」)
ある日ラリーは、マネージャーのジェフの愛車Chevrolet '65 Bel Airを借りて外出する。しかし運転中にラジオで流れていたAAMCOのコマーシャルが原因で事故に遭ってしまう。AAMCOとはアメリカでは有名な自動車のトランスミッションの修理会社。AAMCOのコマーシャルでは、会社名の前に2回クラクションが鳴るのがお決まりだ。ラリーは、このコマーシャルのクラクションの音を、後ろの車が鳴らしたと勘違いしてドライバーに悪態をつく。いきなり罵倒された後ろのドライバーは、ラリーの態度に怒り、ラリーの車に衝突してくる。AAMCOのコマーシャルを知らなくても十分笑えるエピソードだが、コマーシャルでのあのクラクションの音を聞いたことがあれば、面白さは倍増だろう。

●シーズン3 エピソード9:クリスマスもトラブル(原題「Mary, Joseph and Larry」)

クリスマスイブ前夜の12月23日、夜中に小腹がすいたラリーは何気なく冷蔵庫の中にあったクッキーを食べる。しかし、そのクッキーは敬虔なキリスト教徒の妻シェリルの家族が焼いたキリストの降誕のシーンを描いた特別なクッキーだった。何とか代わりを探そうとするも、時すでに遅し。結局、地元の教会でキリストの降誕のシーンを演じる羽目になってしまう。何を隠そうラリーはユダヤ教徒、妻の家族はキリスト教徒。そしてラリーはキリスト教徒の慣習を嫌っている。キリスト教式のクリスマスでの儀式には、クリスマスクッキーが欠かせない。そんなことにも気づかずクッキーをばくばく食べてしまうあたりが笑える。エピソードの原題は「Mary, Joseph and Larry」。クリスマスに欠かせない3人といえばMary (聖母マリア), Joseph (養父ヨセフ) そして、Jesus(イエス・キリスト)。英語圏の人であれば、「Joseph, Mary and Jesus」をもじっているのは一目瞭然だ。ユダヤ教徒でキリスト教のことなど何とも思ってないラリーの名を、イエスの名前と置き換えて言葉遊びをしている。深読みすると、ラリーもイエス・キリストも実はユダヤ人という共通点もシニカルでうまい。

翻訳者としては認めたくない事実だが、これらの言葉遊びやジョークは、ほぼ翻訳不可能。しかもアメリカ文化を知っていないと面白くも何ともない。常々思うことだが、英語の脚本には驚くほどたくさんの言葉遊び、文化背景、サブテキスト、伏線が散りばめられている。自分自身、脚本家の意図したこと全てを理解できていないであろう現実に焦り、時に申し訳なく思う。字数の制限や文化の違いもあり結果的に伝えられないことも多いが、できる限り原文の面白さを理解していきたい。

皆が日ごろ心の底で理不尽だと思っていることを大声で言い放つラリーは痛快そのもの。誰にでも起こりうる些細な出来事を取り上げているので、ハチャメチャだと思っていながらも、ラリーに共感することも多く、涙を流して笑えるはず。日本ではシーズン6までスーパー!ドラマTVで放送済み。機会があればぜひご覧ください。


原題:CURB YOUR ENTHUSIASM
出演:ラリー・デイヴィッド、シェリル・ハインズ、ジェフ・ガーリン
企画・製作総指揮:ラリー・デイヴィッド
製作年:2000年~
製作国:アメリカ