発見!今週のキラリ☆

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vol.94 「完走のビジョン」 by 杉田洋子


11月のテーマ:壁

生きていれば、誰しも多くの壁にぶつかるものだ。

"この先やっていけるんだろうか"
"何だかやり通せる気がしない"
"自分の可能性に限界を感じる..."

こういう漠然とした壁は、ささいなお説教からどんよりとした曇り空まで、あら
ゆるものが加担して、しばしば私たちに襲いかかる。しかし程度の差こそあれ、
幾度か夜が明けてしまえば、意外とケロっとしてたりするものである。

一方、翻訳をしている時の壁は、具体性と切迫感を持って立ちはだかる。"解釈
できない、思いつかない、聞き取れない、調べがつかない"などなど...。様々な
壁にぶつかり、不安に襲われる。前者のように"まぁ、なんとかなるでしょ"、
と気を取り直せば解消するようなものではない。一晩寝れば〆切が1日近づいて
くるだけだ。物理的に解決策を見つけなければ、それは壁として君臨し続ける。

だが、私はあるときからこの壁が怖くなくなった。なぜなら、仕事を受けた以上、
未完成の原稿を提出するわけがないからである。そんな未来はイメージできない
し、本当に超えられない壁なら、それは受ける前に見極めなくてはならない。大
見栄を切ってリタイアしては、選手生命に傷がつく。
スケジュールと基本スキルさえクリアできていれば、初めは面食らうような内容
の素材でも、〆切というその日までに、必ずすべての問題を片づけているという、
根拠なくとも確固たる自信が染みついているのである。

ブランクのハコを残したままなど言語道断。あらゆる手段を使って、目の前の小
石から塗り壁のような大物まで、ひとつひとつ乗り越えねばならない。たとえ裏
が取れなくても、原文や物語、事実関係から情報をかき集め、そのどれとも矛盾
しないような最善の原稿を当てなければならないのだ。

〆切という名のゴールテープに向かって、いくつもの壁を乗り越えてゆく、まる
で障害物競走のような翻訳作業。かつて受講生・修了生の皆さんに映像翻訳に関
する川柳を募った際、翻訳者を"机の上のアスリート"と評した一句があったが、
まさにその通りだと思う。ぶち当たり、悩み抜き、乗り越える。限られた時間の
中で、無数の判断を下しながら、1つ1つの作品をこなしてゆくうちに、人生に
も通ずる"壁攻略法"が少しずつ身についてゆくのではないか(もちろん、まだ
まだ駆け出しだけれども)。様々な事象を極めて重大に、責任をもって受け止め
ながらも、決して恐れない。そんな姿勢が、私たちを強くしてくれる。そんな気
がしている。