発見!今週のキラリ☆

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vol.98 「豚汁」 by 桜井徹二


1月のテーマ:一番

よくNHKなどで「○○町で世界一ジャンボな柏餅づくりが行われました」というようなニュースを目にする。僕はわりと冷めた人間なので、かつてはこういうニュースを見るたびに「柏餅が世界一大きいからって、それが何なんだろう?」と思っていた。

もちろん、今ではいろんな町や村が「一番」に挑戦するのはよく分かる。ニュースになれば町の名がアピールできるし、"柏餅の町"みたいな町おこしにもつながるからだろう。それだけ「一番」というのは人を引き付けるものなのだ。

翻って、いざ自分が「一番」をテーマに原稿を書くことになって「これについては自分が一番」と言えるものを探してみたが、「一番」はそう簡単に見つかるものではない。

会社の中でとか親戚の中でとか、ごく小さなサークルで納得するのも何となく物足りない。世界一や日本一とまではいかなくても、もう少し大きなくくりでの一番がいい。となると、スポーツや頭脳などで一番になるのは到底無理だし、と言って「気配り」とか「包容力」とかも抽象的すぎる。「一番」というのは自分がそう思っているだけでは無意味で、やはり他者からの明確な承認があって初めて意味を持つものなのだ。

それでも、僕にも1つだけ「一番」といえることがあった。

大学を卒業して間もない頃、友達が何の連絡もなしに僕のアパートにやってきた。僕は部屋に人が来るのがあまり好きではない。酒を酌み交わすわけでもなければ手料理をふるまえるわけでもないし、ゲームをするわけでもない。人が来ても特にやることがないので落ち着かないのだ。

彼はそのことを知っていたが、帰りたくない理由でもあったようで、一向に帰る気配がなかった。初めは仕方なく話し相手になっていたが、そのうち少しずつ話にも興が乗り出し、結局ぽつぽつとながらも話をしているうちに気づくと朝になっていた。

前の晩から何も食べていなかったせいで2人ともお腹がすいていたので、前日の残りものの豚汁をコンロで温めて友達と食べた。彼は熱くなりすぎた豚汁をひと口食べると、驚いた顔で「今まで食べた豚汁で一番おいしい」と言った。僕が「一番は言いすぎだ」と言うと、彼はしばらく考えてから「いや、本当だよ」と答えた。

彼は数年前に精神的な病いを患い、それから彼とは会っていない。でも僕はあれ以来、「一番得意な料理は?」と聞かれた時には「豚汁」と答えるようにしている。そして実際に豚汁を作る時には、あの時の豚汁をできるだけ再現しようと努めている。一番であり続けるには、それなりの努力が必要なのだ。