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2012年4月 アーカイブ

vol.128 『カナリア』 by 浅川奈美


4月のテーマ:再生

自己を形成する価値観、道徳、信条。周囲が教え諭し習得し、時には身に起こる何かによって自ら悟ったりするのだが、たいていそれも先人の知恵や経験を手本にして学び吸収していくものだ。無垢な子供たちにとって、それらすべては、親そのものである。幼いころから、刷り込まれてきた"当たり前"。培ってきた"絶対"。親から自己の存在を認識させられ、ものの善し悪し、分別、道徳を自然と教えられる。

主人公の光一はまるで内戦の最中にいるような、少年兵のような目をしている。敵意に満ちあふれ、何者にも心を開かない。崩壊したカルト教団から保護された光一は、無理やり引き離された妹を取り戻すために保護施設を脱走した。彼にとって外界とは敵国。唯一信じるものは、愛する母から受け継いだもの。教団への、母への、絶対的な信仰心だけだ。
あるきっかけで出会う関西の少女、由希。考え方も、環境もまったく異なる二人だが、彼女の日常にもまた、安穏な時間などなかった。自立するには幼すぎる彼女を、彼女の親はあっさり社会に放り出した。援助交際で食いつなごうとする由希。毎日が必死だ。彼女にとって生きること自体が戦いである。

構成としては、ボーイミーツガールした2人が関西から東京を目指すというシンプルなロードムービー。ただ、カルト教団から保護された子供という少年の置かれた環境や、その少年の母親が多くの一般人を巻き込んだテロ事件の主犯格である設定などから、私たちは、1995年この国で起きたあの事件と切り離してこの作品を観ることはできない。

劇中、元信者である男性(西島秀俊)が、光一に説く。

「自分が何者であるか、自分自身で決めなくてはならない。
自分が自分でしかないという、
その重荷に負けるな。」

親からそして、強要された言葉のみが許される教団という世界で確立された少年の自我。それが崩壊し完全に自己を失っていた少年が、家族を取り戻すことで自己を再生させていく物語。

監督は、『害虫』(2002年 主演:宮崎あおい)、『黄泉がえり』(2003年 主演:草彅 剛、竹内結子主演)の塩田明彦。
公開当時、実際の事件をモチーフにしたセンセーショナルな内容から賛否両論だった。また、塩田監督と同年代である是枝裕和監督の『誰もしらない』と比較されたりすることも少なくなかった。

私はこの作品が好きだ。なにしろ、由希役、谷村美月がすばらしい。由希は、物語を前へ進めていく大事な役。セリフの多さが何しろハンパない上、当時13歳の谷村美月は身体を張った演技を披露する。
『カナリア』後も、彼女の高い演技力は評価され、映画やドラマの出演作が後を絶たない。役によってまったく違う表情を見せる彼女は、役へのアプローチも真剣だ。『おにいちゃんのハナビ』(2010年)では、白血病を患う少女の役をスキンヘッドで挑み、三池監督の『十三人の刺客』(2010年)では、お歯黒と眉毛なしという驚異のビジュアルで武士の妻を演じた。
また美しいプロポーションも話題になることがしばしば。その彼女主演の連続TVドラマが今春スタートした。深夜ドラマ「木曜ミステリーシアター たぶらかし ~代行女優業・マキ~」(4/5 11:58~OA)。谷間がガッツリ開いたセクシーな衣装を身にまとった谷村美月は、すっかり女性だ!! この健全な成長ぶりを目にすると、ある種、寂しさを感じてしまったりもする。このドラマ、映画『ヘヴンズストーリー』や『アントキノイノチ』で知られる瀬々敬久監督が演出ということで、みるしかない。

ということで、今日のコラム、出発点からまったく予測できなかった私の谷村美月'愛'で終わることとする。

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『カナリア』
監督/脚本:塩田明彦
出演:石田法嗣 谷村美月 西島秀俊 りょう つぐみ
製作国:日本
製作年:2004年
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vol.129 『ヘアスプレー』 by 藤田奈緒


4月のテーマ:再生

壁や窓に勢いよく投げつけると、グニュ~っと潰れながらへばりつき、またすぐに元通りの形に戻るプニプニしたボール状の物体。誰しも一度ぐらいは試しに投げてみたことがあるだろう。東急ハンズあたりでよく見かける、いわゆるストレス解消グッズだ。(最近はピタミンと呼ばれているらしい)。どんなに力いっぱい投げつけても、ピタミンは何事もなかったかのようにあっという間に元の形に戻る。とっても健気... いや、打たれ強いと言うべきか。

ミュージカル映画『ヘアスプレー』の主人公トレーシーは、まさにこのピタミンの生身バージョンだ。舞台はまだ人種差別が色濃く残る60年代のボルチモア。おしゃれとダンスが大好きで、人気テレビ番組で踊ることを夢見る高校生のトレーシーは、ヘアスプレーで丸く固めた流行りの髪型を決め、ビッグサイズの体を揺らしながら朝からノリノリ。オープニングの歌から彼女の勢いは止まらない。街中が未来のスターの私の味方! 道端のネズミですら「当たって砕けろ!」と応援してくれる。とにかく圧倒されるほどハッピーオーラ全開なのだ。

ステップに夢中でバスに乗り遅れたってへっちゃら。トラックの屋根に乗せてもらって楽々登校。

ガールフレンドとキスする憧れの男の子を見て「私みたいな子に恋は無理?」と落ち込んだと思ったら、次の瞬間には立ち直って「今に見てなさい!」。

念願かなって番組のレギュラーの地位を獲得。黒人のみが出演する"ブラック・デー"が「毎日だったらいいのに!」と世間の風潮などなんのその。

そして彼女のポリシーが最もよく表れた発言がこれ、「人と違っているのが、いいことなの」。潔すぎる!

トレーシーの言動は、時には無鉄砲で心配にもなるけれど、気持ちがいいほど筋が通っている。時にはちょっぴり落ち込むことがあっても、あのピタミンのようにすぐ元通り。というよりむしろ、ボールのように跳ね返って、それ以上の結果を手にするのだからすごい。『花より男子』のつくしの雑草パワーじゃないけれど、どんな時も前向きさを失わずへこたれることを知らないトレーシーの"再生力"といったら、ギネス記録並みなのだ。

大抵の人は大人になるにつれて、1つ1つのことにあまり長時間悩まなくなる。成長の過程で少しずつ、この再生力が身に付いた結果なのだろうか。まあ大人は仕事もあるし、単に物理的に悩み事に割いている時間がないというのが本当のところかもしれない。

思い返せば学生時代、どうでもいいような些細な悩みごとにどっぷりつかった時期もあった。明かりを落とした暗い部屋で、増々気分が落ち込みそうなテンションの低い音楽を聴き続けたことも。あれは今考えれば、本気で悩むというよりその状況を楽しんでいた気もしないでもないし、要するにあの頃の私はよっぽど暇だったんだな。きっと。

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『ヘアスプレー』
監督:アダム・シャンクマン
出演:ジョン・トラヴォルタ、ミシェル・ファイファー、
   クリストファー・ウォーケン、ニッキー・ブロンスキー他
製作国:アメリカ
製作年:2007年
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