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vol.129 『ヘアスプレー』 by 藤田奈緒


4月のテーマ:再生

壁や窓に勢いよく投げつけると、グニュ~っと潰れながらへばりつき、またすぐに元通りの形に戻るプニプニしたボール状の物体。誰しも一度ぐらいは試しに投げてみたことがあるだろう。東急ハンズあたりでよく見かける、いわゆるストレス解消グッズだ。(最近はピタミンと呼ばれているらしい)。どんなに力いっぱい投げつけても、ピタミンは何事もなかったかのようにあっという間に元の形に戻る。とっても健気... いや、打たれ強いと言うべきか。

ミュージカル映画『ヘアスプレー』の主人公トレーシーは、まさにこのピタミンの生身バージョンだ。舞台はまだ人種差別が色濃く残る60年代のボルチモア。おしゃれとダンスが大好きで、人気テレビ番組で踊ることを夢見る高校生のトレーシーは、ヘアスプレーで丸く固めた流行りの髪型を決め、ビッグサイズの体を揺らしながら朝からノリノリ。オープニングの歌から彼女の勢いは止まらない。街中が未来のスターの私の味方! 道端のネズミですら「当たって砕けろ!」と応援してくれる。とにかく圧倒されるほどハッピーオーラ全開なのだ。

ステップに夢中でバスに乗り遅れたってへっちゃら。トラックの屋根に乗せてもらって楽々登校。

ガールフレンドとキスする憧れの男の子を見て「私みたいな子に恋は無理?」と落ち込んだと思ったら、次の瞬間には立ち直って「今に見てなさい!」。

念願かなって番組のレギュラーの地位を獲得。黒人のみが出演する"ブラック・デー"が「毎日だったらいいのに!」と世間の風潮などなんのその。

そして彼女のポリシーが最もよく表れた発言がこれ、「人と違っているのが、いいことなの」。潔すぎる!

トレーシーの言動は、時には無鉄砲で心配にもなるけれど、気持ちがいいほど筋が通っている。時にはちょっぴり落ち込むことがあっても、あのピタミンのようにすぐ元通り。というよりむしろ、ボールのように跳ね返って、それ以上の結果を手にするのだからすごい。『花より男子』のつくしの雑草パワーじゃないけれど、どんな時も前向きさを失わずへこたれることを知らないトレーシーの"再生力"といったら、ギネス記録並みなのだ。

大抵の人は大人になるにつれて、1つ1つのことにあまり長時間悩まなくなる。成長の過程で少しずつ、この再生力が身に付いた結果なのだろうか。まあ大人は仕事もあるし、単に物理的に悩み事に割いている時間がないというのが本当のところかもしれない。

思い返せば学生時代、どうでもいいような些細な悩みごとにどっぷりつかった時期もあった。明かりを落とした暗い部屋で、増々気分が落ち込みそうなテンションの低い音楽を聴き続けたことも。あれは今考えれば、本気で悩むというよりその状況を楽しんでいた気もしないでもないし、要するにあの頃の私はよっぽど暇だったんだな。きっと。

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『ヘアスプレー』
監督:アダム・シャンクマン
出演:ジョン・トラヴォルタ、ミシェル・ファイファー、
   クリストファー・ウォーケン、ニッキー・ブロンスキー他
製作国:アメリカ
製作年:2007年
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