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vol.121 『スモーク』 by桜井徹二


12月のテーマ:プレゼント

「『スモーク』は、魂と肉体をさらけ出して生きることの意味を探る男女の葛藤を、大胆な官能描写を交えて映し出す」と、レンタル店のポップに書かれていた。...魂と肉体をさらけ出す? 大胆な官能描写?

 このポップは、この原稿を書くためにいい作品はないかと店内を歩き回っていた時に見つけた。『スモーク』は好きな映画で何度か観たこともあるし、ポール・オースターの原作も読んだ。でも大胆な官能描写があったような記憶はぜんぜんない。

 と思いながらも、絶対にないと言い切ることもできなかった。なにせ最後に観たのは5年も6年も前だし、そもそも記憶力にはまるっきり自信がない。「官能描写」というのもあいまいで幅が広い表現だし、ハーヴェイ・カイテルと老女が頬を寄せ合っているジャケット写真も官能的といわれれば官能的に見えなくもない。

 そんなことを考えているうちに、ふと『スモーク』には今月のテーマである「プレゼント」にまつわる話が出てくることを思い出した。それにポップの文章からすると、覚えているつもりで覚えていないストーリー展開があったのかもしれない。原稿も書けるし、新たな発見があるかもしれない、と思って借りてみることにした。

 主人公はタバコ店を経営する中年男性オーギー。物語は彼のタバコ店を中心に展開する。オーギーの長年の習慣、常連客である作家の悲話、その作家の家に転がり込んできた黒人青年の父親探し、店番中のオーギーの前に突然現れた昔の恋人...といった具合に、さまざまな登場人物にまつわる物語がオムニバスのような形式で展開する。そして最後は、オーギーが「実話」として語る、奇妙な感慨を呼び起こす物語――ある老女の家で小さな盗みを働いたという話――で終わる。

 うん、やっぱり『スモーク』はいい作品だった。けれど、ポップに書かれていたような要素はまったく見当たらない。おかしいなと思って再度レンタル店に行ってポップをよく見ると、「ジェーン・カンピオン監督による...」という文言もあったことに気づいた。調べてみると、どうやらこの文章はカンピオンの『ホーリー・スモーク』と混同して書かれたもののようだった。

 というわけで、ポップの文章はただの取り違えによるものだったと判明した。だが原稿を書くという観点からするとさらに問題だったのは、『スモーク』にはプレゼントにまつわる話なんてこれっぽっちも出てこなかったという点だった。120分のあいだ、誰もプレゼントをあげないし、誰ももらわない。プレゼントにまつわる話が出てくるというのは、(いつものように)僕の完全な記憶違いだったのだ。

 だけど、取り違えによるポップがもとで久しぶりに見返して、『スモーク』の素晴らしさを再認識できたのは大きな収穫だった。あのポップがなければこの作品を見返すこともそうそうなかっただろう。言ってみれば、僕はレンタル店から思わぬプレゼントをもらったのだ。
 ...というまとめはやっぱり強引ですかね。

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『スモーク』
監督:ウェイン・ワン
出演:ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート他
製作国:アメリカ/日本
製作年:1995年
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