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vol.123 『エターナル・サンシャイン』 by野口博美


1月のテーマ:リセット

私は時々、お酒を飲みすぎて記憶をなくす。後日その時の酔っぱらいぶりを一緒にいた友人知人に聞かされると、もう記憶ごと自分を消し去ってしまいたくなる。私ほどくだらない例ではなくとも、誰しも記憶を消したいと思うことがあるのではないだろうか。そんな願いを叶えてくれる魔法のような場所がこの作品には登場する。

ラクーナ社は自分が忘れたいと望む記憶だけを消してくれるクリニック。ごく平凡な会社員ジョエルは、ケンカ別れした恋人のクレメンタインが自分に関する記憶をすべて消去したことを知り、大きなショックを受ける。悲しみのあまり、自分もクレメンタインの記憶を消そうとラクーナ社を訪れたジョエル。そこでは、現在から過去へと思い出をさかのぼりながら記憶を消す施術が行われていた。

この作品を初めて観たのはアメリカに留学していた時だ。えらく感動した私は、DVDを購入して繰り返し観ていたものだ。日本語字幕の設定などない。英語字幕を表示したり、必死に耳をそばだてたりしていた頃が懐かしい。今回このブログを書くにあたって、初めてレンタルして字幕付きで観たのだが、字幕翻訳の難しさをあらためて実感した。この作品には"nice"という単語がキーワードとして使われる。エキセントリックなクレメンタインは何に対しても使えるこの当たり障りのない言葉を嫌悪しているが、反対にジョエルはこの単語を連発し、彼女の逆鱗に触れる。字幕では大抵 "いいひと"という訳が使われているが、もちろん人に対してだけ使われるわけではなく、すべてを同じ訳でカバーすることはできない。序盤でクレメンタインがジョエルに"電話して"と伝えたあとに"That'd be nice!"と思わず口にするセリフは2人の距離がすごく縮まったと思えるシーンなのに、字幕にniceのニュアンスは入っていない。かといって、じゃあお前ならどう訳すんだ、と言われても困るのだけれど。

もうひとつは、"Two blue moons."とクレメンタインがジョエルに自作のカクテルを手渡すシーン。尺が短いのでカクテルの名前を出せないのは仕方ないが、ちょっと残念だ...と思いながら念のためネットでスクリプトを検索していたら、何と"blue moon"ではなく"blue ruin"と書いてあるではないか。映画の中に登場するお酒(「ビッグ・リボウスキ」のホワイトルシアンとか)を飲むのが好きな私はバーに行くとブルームーンを頼んでいたのに(味は好きじゃないのに)、存在しないお酒だったとは...。結構ショックだ。

お酒の話は置いておいて、この映画を久しぶりに観て思ったのは、何もかもをまっさらな状態にリセットして、人生をやり直すのは不可能だということ。たとえ記憶を消されても、登場人物の考え方や口にするセリフは変わらない。これまで出会った人たちから受けた影響や、経験したことがその人に染みついているのだ。あれほどniceを連発していたジョエルが、ふと昔の婚約者を思い出して "She was nice, nice is good."とちょっと投げやりに口にする場面がある。記憶を消したあとなのに、クレメンタインの影響を受けているからかな、と思うとちょっと切なくなる。


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『エターナル・サンシャイン』
監督:ミシェル・ゴンドリー
出演:ジム・キャリー、ケイト・ウィンスレット他
製作国:アメリカ
製作年:2004年
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