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2012年3月 アーカイブ

vol.126 『コーヒー&シガレッツ』 by 藤田庸司


3月のテーマ:コーヒー

お茶の文化は世界各国にある。専門的なことは分からないので、あまり偉そうなことは書けないが、お茶の文化とは単に茶碗に注がれたお茶そのものの文化というよりも、お茶にまつわる"人"の文化ではないだろうか。飲み方や振る舞い方など、まず"人"がいて、そしてお茶があってこそ成り立つ文化だと思う。
普段何気なく飲んでいる一杯のコーヒーを取ってみても、そうした文化を感じることができる。誰と飲むか?どこで飲むか?によって美味しかったり、まずかったり、甘かったり、苦かったり、全く味がしなかったりする。一人飲むコーヒー、友人と飲むコーヒー、恋人と飲むコーヒー、職場で飲むコーヒー、喫茶店で飲むコーヒー、異国で飲むコーヒー、ビーチで飲むコーヒー、たとえ同じコーヒーを飲んだとしても味が違って感じるはずだ。
今回紹介する映画「コーヒー&シガレッツ」も、タイトルにコーヒーという言葉が付いてはいるがコーヒーそのものが主役ではなく、それは人と人をつなぐ単なる媒体に過ぎない。本作ではその媒体を介しての人と人のつながりがドラマチックに描かれている。
11の短編から構成されるこの映画は、どこから観始めても楽しめるオムニバスとなっていて、どのエピソードも部屋に置かれたテーブル、コーヒー、タバコという超シンプルなセットの中、ストーリーらしいものもなく、取り留めの無い主人公たちの会話がテンポよく繰り広げられる。キャストには俳優のみならずロックミュージシャンやラッパーらも名を連ね、全員が本名(もちろん芸名ではあるが)で、まるで素のままであるかのように演じる。たかだか一杯のコーヒーだが、飲む人物、シチュエーションが違うだけで、全く異なったドラマが展開するから面白い。
圧巻は一人二役をこなすケイト・ブランシェット。一方では売れっ子女優であるセレブを、もう一方ではその従妹の売れない女性シンガーを演じ、今流行の"勝ち組"と"負け組"の対比や、二人の感情のもつれをものの見事に演出している。また、大半のエピソードはシニカルで、コミカルで、ユーモアに溢れているが、なかには「自分にとっての人生最後のコーヒーは?美味しいかな?まずいかな?」「それを飲むとき幸せかな?」などと考えさせられる哲学的なエピソードも。

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『コーヒー&シガレッツ』
監督:ジム・ジャームッシュ
出演:ロベルト・ベニーニ、ケイト・ブランシェット、イギー・ポップ他
製作国:アメリカ
製作年:2003年
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vol.127 『ティファニーで朝食を』 by 藤田彩乃


3月のテーマ:コーヒー

コーヒーといえば思い出すシーンがある。

朝のニューヨーク五番街。ジバンシィーの黒いイブニングドレスに大きな黒のサングラスの女性がタクシーを降りて、ティファニーのショーウィンドウの前で、紙袋からコーヒーとデニッシュを取り出してかじる。そう、彼女のホリー・ゴライトリー。名作「ティファニーで朝食を」のあまりにも有名なオープニングシーンだ。まったく台詞のないシーンだが、1960年代のニューヨークの街並みと当時のファッションセンスにうっとりしてしまう。

オードリー・ヘップバーン演じるホリーは、「誰のものにもなりたくない」と自由気ままに、お金持ちの男性を渡り歩く。飼い猫に名前も付けず、ティファニーに憧れ、金のない男には見向きもしない彼女だが、隣に引っ越してきた駆け出しの作家ポールとの出会いをきっかけに、本物の愛に目覚めていく。

一番の見所はなんといってもオードリー・ヘップバーン。どのシーンを取ってもため息が出るほど美しい。コールガールなのになぜか品があり、可憐だけど凛としてて、とにかく絵になる。

奔放で破天荒な行動とは裏腹に、どこか不安で悲しげなホリー。辛い過去と心に傷を負う彼女は、傷つきたくないがあまり自分を守りすぎて、かえって自分を孤独にしていく。何が起こっても平気な顔をしてるが、実は純粋で傷つきやすい。そんな素直になれないホリーをうまく演じていたと思う。

オードリーの魅力を引き立てるのが、彼女が身にまとうファッション。そのセンスの良さを見ると、カジュアル志向の最近のアメリカンファッションがチープに見える。

本作の衣装担当はジバンシィーとイデス・ヘッド。ジバンシィーといえばオードリー・ヘップバーンを思い出すほど、切っても切れない関係の2人。長身で華奢な体にシンプルでモダンな衣装を合わせるオードリーのスタイルは、ジバンシーによって確立され、半世紀経った今も、世界中の女性の心を捉えてはなさない。イデス・ヘッドは、「ローマの休日」や「麗しのサブリナ」でも彼女の衣装を担当。イデスがデザインしたサブリナ・パンツやサブリナ・シューズは世界を席巻した。「シンプルこそ一番美しい」という哲学を持ち、グラマー全盛期のハリウッドに、新しい美のスタイルを持ち込んだのが彼女だ。

最後に忘れてはならないのが主題歌「ムーン・リバー」。アカデミー賞にも輝いた名曲だ。前述のオープニングシーンは、実はホリーの孤独感や不安を象徴するシーンなのだが、この哀愁に満ちたメロディが、その切なさを倍増させる。ホリーが自宅のアパートの窓辺に座って、ギターを弾きながら歌うシーン、そして、どしゃ降りの中、ホリーとポールが抱き合うラストシーンなど、印象的な場面ではこの曲が流れる。

原作は、「冷血」で知られるトルーマン・カポーティだが、原作とは違いハッピーエンディングで終わる。ストーリーには賛否両論があるようだが、ハリウッド映画らしくて、私はよかったと思う。そうでなくても、美しいメロディと洗練されたファッションだけを取っても名作と言われるだけの価値がある。

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「ティファニーで朝食を」
監督: ブレイク・エドワーズ
原作;トルーマン・カポーティ
音楽;ヘンリー・マンシーニ
出演:オードリー・ヘップバーン、ジョージ・ペパード
製作国:アメリカ
製作年:1961年
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