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2012年8月 アーカイブ

vol.136 『グレート・ブルー』 by 藤田庸司


8月のテーマ:記録

益々の盛り上がりを見せるロンドンオリンピック。4年間、世界の頂点を目指し努力を積み重ねてきたアスリート達の超人的な技の数々や肉体美は、スポーツファンのみならず万人の心に感動を与えてくれる。選手たちのパフォーマンスに、世界中のお茶の間が一喜一憂していることだろう。日々塗り替えられる世界記録。記録は破られるためにあるかのように、人は記録の壁を越すことに心を奪われ、挑戦し、敗れ、また挑戦し、勝利し、また敗れる。昨日までの偉業は一瞬のうちに過去の遺物となり、昨日の英雄は今日の敗者へと成り下がる。実に厳しい世界だ。

一方でスポーツの世界には勝ち負けに左右されない感動も存在する。例えば弱者が負けると分かっていながらも、勝利に向かって必死に食らいつく姿や、人知れず行われる血のにじむような訓練の痕跡がそれに当たる。新記録樹立を社会や歴史といった外部に対する挑戦と考えるなら、それらは自身への挑戦であり、理想追求・自己完結へのプロセスと言えるだろう。そういった白黒判断のつかない一面に我々は心を動かされたりする。

今回取り上げた『グレイト・ブルー』には、そうした勝負の世界と理想追求・自己完結とのコントラストが美しく描かれている。命を懸けて世界最強、新記録樹立を目指すエンゾ(ジャン・レノ)、エンゾに無理やり勝負の世界に引き込まれるが、本来は記録などに興味はなく、それよりも海との一体化、自身が海の一部になることを望み続けるジャック(ジャン=マルク・バール)。正反対ではあるが純粋さにおいては同等の二人を、アンジェラ(ロザンナ・アークエット)の母性がやさしく包む。交差しながらクライマックスへと向かう三人の運命。シュールなラストシーンは何度見ても鳥肌が立つ。海の広さ、深さ、やさしさ、冷たさ、鑑賞していてまるで海に触れているような感覚に陥る。


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『グレート・ブルー』
監督:リュック・ベッソン
出演:ロザンナ・アークエット、ジャン=マルク・バール、ジャン・レノほか
製作国:フランス/イタリア
公開:1988年
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vol.137 『Game Change』 by 藤田彩乃


8月のテーマ:記録

今、世の中で起きている物事を、記録として後世に残る形で書きしるしておくのは大事なことだと思う。すべての歴史にはドラマがあり、それは語るに値する。「事実は小説より奇なり」とは言ったもので、
私はノンフィクション、ドキュメンタリーなど実話に基づく話が好きだ。乙女心をくすぐるロマンスや架空のファンタジーより、日々報道される世界情勢や評論家の意見のほうが、刺激的だし興味深い。

そんな私が、今春に楽しみにしていた作品をご紹介しよう。
HBO製作のテレビ映画「Game Change」だ。原作は同じタイトルの書籍。
正確には「Game Change: Obama and the Clintons, McCain and Palin, and the Race of a Lifetime」で、タイトルが語るように、2008年の大統領選の舞台裏を描いた作品だ。
ただし、映画は原作のすべてを映画化したわけではなく、共和党副大統領候補選出の部分にだけ焦点を当てている。

映画の舞台は2008年夏、アメリカ大統領選のキャンペーン真っ只中。共和党の大統領候補ジョン・マケインは、民主党候補のバラク・オバマにリードを許し、劣勢に立っていた。そこでマケイン陣営のチーフアドバイザーである主人公スティーブ・シュミットは、一発逆転を狙い、副大統領候補として女性の議員を探す。そこで白羽の矢が立ったのが当時のアラスカ州知事サラ・ペイリン。切羽詰ったマケイン陣営はしっかり精査する時間もなく、カリスマ性のある話しぶりと爽やかな外見だけで、彼女を副大統領候補に選ぶ。しかし次第に、彼女の無知と非常識ぶりが露になり・・・。マケイン陣営がいかにして大統領選挙を戦ったかを、スタッフの目から如実に描いた政治ドラマだ。

最終的にシュミットは、ペイリンに世界情勢を理解させるのやめ、とにかく用意した台詞を覚えさせる戦略に切り替える。この作戦は功を奏し、実際、民主党副大統領候補のジョー・バイデンとのディベートでは、ペイリンのほうがよかったという声のほうが大きい。実話を基にしたストーリーだけあって、
かの有名なサラ・ペイリンの妄言"I can see Russia from my house!"など、台詞のあちこちに実際に話題になったネタが出てきて笑える。ニュースなどで報道された実映像も折り交えながら進むので、終始リアルで臨場感がある。一瞬だけだが、ジョン・エドワード議員がスキャンダルをもみ消そうとするシーンも登場して(この事件は笑えないが)、当時の様子を細かく描いている。

一番の見所はサラ・ペイリンを演じたジュリアン・ムーア。メイクアップの力もあるが、とにかくアラスカ訛りの口調も外見もそっくり。マケインを演じたエド・ハリスも仕草や歩き方がそっくりで、ハリウッド俳優たちの底力を見た気がした。

女王がイギリスを統治していると思い込んでいたり、Federal Reserveが何を意味するか分からなかったり、なぜ朝鮮半島が南北に分かれているかを知らなかったり・・・と、
サラ・ペイリンが噂以上に、国際情勢や経済に無知であることを露呈した映画だったのは間違いないが、全体的には民主党寄りのプロパガンダ的な要素はなく、フェアな映画だったと思う。見る前はマケインやペイリンを完全にバカにした内容かと想像していたのだが、2人とも人間味溢れるキャラクターとして描かれていた。
世間から笑いものにされているサラ・ペイリンもきっと、いい人なのだろう。
ただ単に副大統領の器ではなかっただけで。

これは実話だが、ある共和党の集会で支持者の女性がオバマ候補について "He's an Arab."と言った時、マケインは首を横に振ってすぐさま女性のマイクを取り上げ、オバマを擁護し、
こう言った。"No, ma'am. No, ma'am. He's a decent, family man,
citizen that I just happen to have disagreements with on fundamental issues and that's what this campaign is all about." マケインの素晴らしさを象徴する出来事だと思うが、本映画でもこのシーンは描かれていた。そして、ネガティブキャンペーンが度を過ぎて、オバマ候補への敵意と憎しみで沸く民衆を前に、"This isn't the campaign I wanted to run."と悲しそうにつぶやくマケインが印象的だった。

マケインやペイリンのネガティブな面ばかりを取り上げることもできただろう。
だが、バランスを欠いたストーリー展開でもなく、それぞれを一人の人間として描いていた。そのフェアな姿勢は賞賛に値すると思う。

2012年のアメリカ大統領選まであと数ヶ月。アメリカならではのネガティブ・キャンペーンも始まり、
対立も激化している。11月まで目が離せない。

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『Game Change(原題)』
監督:ジェイ・ローチ
出演:ジュリアン・ムーア、ウディ・ハレルソン、エド・ハリスほか
製作国:アメリカ
公開:2012年
http://www.hbo.com/movies/game-change/index.html
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